社会的養育ビジョンが骨抜きになりかけている件について

駒崎 弘樹

内閣府の子ども子育てに関する有識者会議の委員の駒崎です。

以前、

「虐待児の施設入所停止」新しい社会的養育ビジョンの衝撃

https://www.komazaki.net/activity/2017/08/post6241/

という記事で、これまで日本の社会的養護は、

  • 大人数の施設への収容一辺倒だったこと
  • グローバルではむしろ主流の、少人数で丁寧にケアする里親(フォスタリング)が10%台と非常に低い

  • 子どもたちが新しい家族と出会える「養子縁組」の比率が他国に比べて極端に低かった

日本の養子縁組はアメリカの約100分の1

  • これが、当時の塩崎厚労大臣のリーダーシップのもと出された「社会的養育ビジョン」でようやく欧米から30年遅れで方針転換を果たしたこと

社会的養育ビジョンに到るまでの政策の流れ

  • 社会的養育ビジョンでは、就学前児の里親委託率を75%以上に引き上げ、特別養子縁組数は2倍に伸ばしていこう、という数値目標が謳われたこと

これまでの政策と社会的養育ビジョンの違い

ということを書きました。

「最も厳しい立場にいる子ども達にこそ、手厚く温かな家庭環境を」という革新的な政策ビジョンだった社会的養育ビジョン。

しかし、この社会的養育ビジョン、今まさに骨抜き寸前のところに来ています。

反対する児童養護施設

年末に、僕のところに関係者からのリークのメールが来ました。

「(児童養護施設の集まりである)全国児童養護施設協議会が、議員に一斉にロビイングをかけている」という内容でした。

ここでは、「通常国会開会までの間、特に年末年始は国会議員が地元に戻る時期でもあることから、この機会をとらえたソーシャルアクションの展開につき、下記により引き続きのご理解とご支援をお願い申し上げます」と書かれており、それぞれの児童養護施設が、地元の議員にアタックするように書かれています。

主たる内容は、「社会的養育ビジョンの数値目標に反対せよ」です。

ロビイングは主に自民党議員を狙って展開されたようです。

養護施設の反対理由

なぜ、虐待を受けた子ども達や課題を抱えた子ども達を受け入れている養護施設が、子どもにとって最も手厚い家庭養護を推進しよう、という「社会的養育ビジョン」にここまで反対するのか。

一般の人にはなかなか分かりづらいと思います。

僕も彼らの気持ちになりたかったので、児童養護施設の関係者の方に聞いてみました。

彼はこう言います。

「そりゃね、今まで自分たちが社会的養護の中心として頑張ってきたのにさ、急に里親とか養子縁組とかを中心にしましょう、って言われてもね。何か否定されたっていうか」

「いや、私たちも、里親とか養子縁組できたら一番良い、っていうのは分かります。でもね、重い障害があったり、ひどい虐待を受けてきた子もいるんですよ。そういう子を、本当に里親とかがみれるのか、っていうと、それは疑問でしょ」

「あと、養護施設は子どもの数に合わせて補助金が来る仕組みだから、『原則的に入所停止』って言われちゃうと、経営的には成り立たなくなっちゃって、潰れちゃう可能性だってあるわけです」

誤解と新しい転換への恐れ

こうした既存の養護施設の方の話を聞いて思ったのは、法の趣旨がうまく伝わっていない誤解があるのかな、ということです。

このシートでも示されているように、社会的養育ビジョンでは「家庭養育優先原則」が示されました。一番が家庭で、でも家庭が不適切な養育をしていたら、次に養子縁組や里親が望ましくて、さらにその次に小規模な施設で、という順番です。

「原則」入所停止とはそういうことで、できるだけ入所ではなく、家庭的な選択肢を子どもに提供しましょうね、と。

一方、とはいえ重い障害があったり、重度の虐待後遺症に悩む子どもは、医療的かつ福祉専門的なケアを複層的に提供していかねばなりません。

そういった時にチームとして動ける施設の強みが発揮できます。

また、里親や養子縁組家庭の悩みを受け止め、専門家の立場から支援を行なっていくこともできるでしょう。

こうした役割分担が示されているのが社会的養育ビジョンであり、それは決して施設養護を否定し、経営難に追いやろうとするものではないのです。

現に、養育ビジョンでは新たに里親を支援する「フォスタリング機関」が提示され、その担い手に乳児院や児童養護施設がなっていく可能性も示されています。

ロビイングの結果、どうなったか

1月23日の自民党内社会的養護議員連盟に呼ばれて出席しました。

塩崎座長から法の趣旨の説明があり、厚労省の現状説明があった後に、堰を切ったように参加議員達が手をあげました。

そして次々に

「数値目標は乱暴だ。」

「(施設が良いとか里親が良いとか)子どもの意思は確認できるのか」

「75%は高すぎる。企業にしてみたら、毎年10%成長でありえない」

等と反対意見が相次いだのでした。

そして、それだけ言うと、次々に途中退席していきました。

反対意見を言った方と、ロビイングリストに載っている方との比較をすると、以下の通りです。

  • 馳浩(石川) ロビイングリスト掲載
  • 高鳥 修一(新潟) ロビイングリスト掲載
  • 高橋克法(栃木)  ロビイングリスト掲載
  • 宮下一郎(長野) ロビイングリスト掲載
  • 渡嘉敷奈緒美(大阪)
  • 衛藤晟一 (大分) ロビイングリスト掲載

これを見ると、全国養護施設協議会のロビイングは、大変功を奏していると言えるでしょう。

一方で、社会的養育ビジョンと数値目標に賛成の立場を示す議員の方々もいらっしゃいました。自見はなこ議員、山本ともひろ議員、猪口邦子議員、古川康議員、木村弥生議員等です。

古川議員は、元佐賀県知事だったご経験から、「数値目標がないと、都道府県の立場としても、どこを目指して良いか分からず、やりづらくなるのは当然のこと」という趣旨のご発言をされました。

また、木村弥生議員は声を震わせ、「他の議員の方が愛着障害の子ども達が多いというご発言をされましたが、だからこそ乳幼児期にきちんと愛着形成ができる家庭養護が必要なんです!!」と熱弁を振るわれました。

数値目標がなくなることが意味すること

数値目標が無くなると、推進力は失われます。

企業でもそうですが、「できるだけ頑張ってね」と言うのと「売り上げ増10%必達」というのでは、何もかも変わってきます。

前者は結果は問われないため、頑張っているふりをすれば良く、後者は目標があるので、そこから逆算して手段を考えねばなりません。

よって、行政においても、数値を入れるかどうか、というのは非常に大きな問題になるのです。

子どもが一番の被害者

このように、現時点では骨抜き化が刻一刻と進んでいる社会的養育ビジョンですが、非常に残念なのが、これが子どもの最善とはかけ離れた、児童養護施設の経営問題や施設養護関係者と家庭養護関係者の感情的な対立など、大人の事情によって引き起こされていることです。

皆さん、課題を抱える子どものためにふだん一生懸命な、そんな「善人」同士の争いによって、最も傷つくのは子どもである、というのは何とも皮肉な状況です。

どうしていけば良いのか

家庭養護中心に切り替えていく際に、それまでの施設養護はどうなっていけば良いのか。それは既に他の先進国が辿った道を見ることで、大きな学びを得ることができます。

イギリスで最も有名な児童養護施設のひとつ、バーナードホームも、当初は自らの築いてきた施設としての役割を否定することは難しかったそうです。

しかし、内部説得による説得を重ね、徐々に子育てセンター化、里親や養親の支援センター化にコンバートしていったのでした。

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 社会課題解決・改革のためのキーポイントは、現場や専門家の理解を得ること。イギリス社会的養護の「脱施設」事例に学ぶ

 http://otokitashun.com/blog/daily/13395/

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こうしたコンバートを日本の施設も行なっていけるように、移行期の経済的支援も行なっていって、彼らの不安を取り除きつつ、コンバートを後押ししていくことが必要でしょう。

まとめ

  •  このままだと、数値目標がなくなり、日本の社会的養護政策の転換が台無しに
  •  理由は児童養護施設業界の反対ロビイング
  •  反対の理由は、経済的理由やアイデンティ問題等
  •  海外では苦労もありつつ、施設の役割を変えていくことに成功したので、それを日本でも後押しすべき

ということでした。

なんにせよ、子ども達の最善のために、大人が自らの財布やプライドを置いて、しっかりと議論していかなくてはいけないことは、確かではないかと思います。


編集部より:この記事は、認定NPO法人フローレンス代表理事、駒崎弘樹氏のブログ 2018年1月29日の投稿を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は駒崎弘樹BLOGをご覧ください。