【映画評】苦い銭

渡 まち子

中国・東海岸に近い浙江省湖州。縫製工場が建ち並ぶこの町は、住民の8割を出稼ぎ労働者が占めている。人々は過酷な労働条件の下、お金を稼ぐためにがむしゃらに働いていた。雲南省出身の15歳の少女シャオミンもまた、縫製工場で働くため、長距離列車に乗ってやってきた。金が稼げず妻に暴力をふるう夫や酒に逃げる男もいれば、仕事になじめず1週間で故郷に帰るものもいる。カメラは朝から晩まで懸命に働く人々の日常を通して、急激な経済成長を遂げて変貌する現代中国の今を切り取っていく…。

中国の出稼ぎ労働者たちの人生を捉えたドキュメンタリー「苦い銭」。「鉄西区」「三姉妹 雲南の子」「収容病棟」などで世界的に高く評価される中国の名匠ワン・ビン監督の作品だ。いつも通り、唯一無二の被写体にじっくりと寄り添い、個人を丁寧に追うことで社会や国家を浮かび上がらせる手腕は健在である。だが本作で特筆すべきは、ヴェネチア映画祭オリゾンティ部門で脚本賞を獲ったこと。ドキュメンタリーであるにも関わらず脚本賞、である。加えて、人間の権利の重要性を問う秀作に与えられるヒューマンライツ賞も同時受賞しているのだ。只事ではない。

実際、映画を見てみると、現代中国の縮図を見るかのようなドラマチックな“群像劇”に仕上がっている。構成も巧みだ。登場する人々の共通の願いは“とにかく金を稼ぎたい”ということ。「1人騙せば1500元の儲けだ」「社長の気前のよさは2元ね」「200元やるからまずは落ち着け」。ちなみに1元は約17円。どうすればこんなリアルで滑稽なセリフが撮れるのか。ワン・ビン監督とカメラが彼らの暮らしにあまりに自然に溶け込んでいるからなのだが、基本は作り手が相手を尊重しているからだと思う。過酷な毎日の中にも小さな喜びを見出し、激しい夫婦喧嘩のあとにふと寂しそうな表情を見せるたくましくも心優しい労働者たち。大量の服や日本の百円ショップの商品の向こう側に、すべて彼らの姿があるのだ。「苦い銭を稼ぎに行くんだ」とつぶやく出稼ぎ労働者の青年の横顔が、いつまでも心に残る。
【75点】
(原題「KU QIAN/BITTER MONEY」)
(仏・香港/ワン・ビン監督/小敏、元珍、小孫、他)
(リアル度:★★★★★)


この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2018年2月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。