五輪壮行会やPV自粛が相次ぐ日本と世界で起こっていること

鈴木 友也

今日から平昌五輪が開幕しましたが、開幕に際して気になる報道を目にしました。日本で、選手の壮行会やパブリックビューイング(PV)の自粛が相次いでいるというのです。

平昌五輪あす開幕 学校や企業、PV自粛相次ぐ(産経新聞)

9日に開幕する平昌五輪で、競技の中継映像を大型スクリーンで公開し大勢で応援する日本でのパブリックビューイング(PV)について、選手が所属する学校や企業が五輪の宣伝規制への抵触を恐れ、相次いで自粛を決めたことが7日、分かった。2020年東京五輪・パラリンピックに影響することもあり、大会組織委員会や日本オリンピック委員会(JOC)などが協議。同日夜、自治体・スポンサーの主催を除き、企業や学校の主催でのPVは原則認めないとする方針を確認した。

五輪選手、CMから消える 肖像権理由に自粛 (日経新聞)

国際オリンピック委員会(IOC)は大会期間中、宣伝目的でのエンブレムや代表選手の肖像権などの利用を公式スポンサーに限っている。これに伴い、日本選手の肖像権を管理するJOCも2月中、スポンサー以外の利用を制限している。

自粛の動きは壮行会の中止や非公開化にも広がった。葛西紀明選手が所属する土屋ホームは2月1日、社員らだけで同選手を送り出した。同社は「壮行会を非公開にしたのは初めて。報道されればビジネスにつながるとは思っていないが、ルールに従った」という。

IOCが規則を変えたわけではない。JOCが指導を強化したのだ。ただ乗りが横行すれば国際社会から批判されかねず「東京五輪を控え、知財保護を徹底せざるを得ない」とJOCは説明する。ある意味「忖度(そんたく)」だが、JOCにも言い分はある。五輪関連の知財使用権を公式スポンサーに与える見返りに協賛金の拠出を受け、運営や選手強化の財源にしている。不正使用が増えれば知財の侵害だけでなく、協賛金の減収を招き大会運営に支障をきたしかねない。

この件は、「日本の状況しか知らないと世界の流れを見誤る」好例だと思いますので、少し解説を加えてみようと思います。

公式スポンサーの権利保護は大会主催者にとってはもちろん非常に重要な視点です。IOCもオリンピック憲章第40条でアンブッシュ活動を防ぐためオリンピックが開催される前後30日間はIOCの公式スポンサーであるTOPパートナー以外の広告活動を禁止していました(通称「ルール40」)。このルール40により、例えば公式パートナー以外の企業から支援を受けている選手がいても、この期間中は選手がそうした企業のテレビCMに出演したり、その商品を使用した写真やリンクをソーシャルメディアに流すことなどが出来ませんでした。

しかし、実はIOCは2015年からルール40を緩和する決定を下しています。オリンピックを想起しない形の広告活動に限り、それを認めることにしたのです。実際、現場でこの緩和を受け入れるかどうかは各国のNOCに一任されることになっています。米国、カナダなどでは既に2016年のリオ五輪からNOCがルール40の緩和を受け入れています。USOCなどは、オンラインで簡単にルール40からの離脱手続きができるようになっています。

先の日経新聞の記事などを読むと、IOCの規則に則ってJOCが指導を厳しくしたようにも読めますが、これは少しミスリーディングです。実際はIOCがルール40の規則を緩和しているのにも関わらず、JOCがその流れを受け入れていないのです。日本の代表選手でも、こうした状況を知らない選手が少なくないのかもしれません。元パラリンピアンの中西麻耶さんも、ご自身のブログでルール40に関する日米の違いについて言及されています。

IOCがルール40を緩和せざるを得なくなったのは、選手から大きな批判にさらされ、大規模な抗議活動が展開されるようになったためです。選手側の言い分は、「日頃から練習環境を支えてくれているのはオリンピック公式パートナーではなく支援企業(所属している会社や、物品を提供してくれる個人の協賛企業)。晴れ舞台でその名前を出せないのは理不尽だ」というものです。特にマイナー競技で活動している選手にとって、五輪での大きな露出は日ごろお世話になっている支援企業に恩返しをするまたとない機会です。

選手からのルール40への不満が臨界点を超えたのが、2012年のロンドン五輪でした。これは、2000年(シドニー)と2004年(アテネ)のオリンピック(砲丸投げ)で銀メダルを獲得した米国の陸上選手アダム・ネルソンが、閉会式など注目度の高い場面でも公式スポンサー以外のブランド着用を禁止するルール40に抗議するため、ロンドン五輪予選で選手やファンに自分の裸足の写真をソーシャルメディアで拡散するように奨励したのがきっかけになり、米陸上界を中心に大規模な抗議活動に発展していきました(通称「裸足の革命」)。

身も蓋もない話かもしれませんが、そもそもスポンサーシップという仕組み自体、大会主催者が勝手に考えた制度です。IOCが五輪開催地に特別立法を求めるのはこのためです。スポーツマーケティングに習熟した企業が多い米国では、大きなスポーツイベントが開催される場合はアンブッシュ活動も盛んに行われますが、これは企業によって考え方が異なるからです。

高額な協賛金を支払って正当に権利を行使した方がマーケティング活動がやりやすいと考える企業は公式スポンサーになりますし、スポーツ組織の言われるがままに高額な権利料を支払うなんてバカバカしい、もっとスマートで効果が高い合法的なマーケティング活動は可能だと考える企業はアンブッシャーになります(NIKEなどはアンブッシャーの代表的な企業です)。大会主催者とアンブッシャーのイタチごっこは終わりませんが、誤解を恐れずに言えば、アンブッシュ活動があるからこそ大会主催者は高額な権利料に見合った協賛効果を公式スポンサーに提供しなければならないという健全なプレッシャーに晒されるという側面があるのも事実でしょう。

日本人はお上や規則に弱いですから、一旦ルールが定められると、その合理性に疑問があっても盲目的にルールに従う傾向が強いですが、国によってはルール40の合法性を疑う動きすら出てきています。例えば、ドイツの連邦カルテル庁(Bundeskartellamt)は、「ルール40は過度に制限的すぎ、IOCと独オリンピック委員会に支配的地位の濫用の疑いがある」として、昨年末から調査を開始しています。同庁が問題視しているのは、ルール40が選手の活動を大きく制約するにも関わらず、選手に対する利益の還元がないためです。

常識的に考えて、日ごろ選手の活動を支えている所属企業や学校が選手の壮行会や応援も自由にできないなんて少しおかしいでしょう。こうした企業や学校は規模が小さかったり、スポーツビジネスの専門家ではないため、JOCから「ダメだ」と言われればそれに従うしかないのでしょう。世界で起こっているルール40緩和に向けた動きなどについては知見がないのかもしれません。

でも、おかしいことにはおかしいという声を上げなければ、日本のスポーツ界は健全に発展していかないでしょう。まずは、世界的に進められているルール40の緩和が、なぜ日本ではまだ受け入れられていないのか。その疑問に焦点を当ててその理由を考えてみるのが第一歩になるかもしれません。


編集部より:この記事は、ニューヨーク在住のスポーツマーケティングコンサルタント、鈴木友也氏のブログ「スポーツビジネス from NY」2018年2月9日の記事を転載させていただきました(アイキャッチ画像は平昌郡広報紙より引用)。オリジナル原稿をお読みになりたい方はスポーツビジネス from NYをご覧ください。