土曜日にシカゴに戻って来て以降、曇天と雨が続いており、なんとも体も気持ちも重い。日本を行ったり来たりしたためか、時差ぼけがひどく、脳の働きがすっきりしない。4日間連続で、午前3時頃に目が覚めて、しばらく眠ることができない。こんなひどい状態になったことは過去にはなかった。歳をとったのだろうが、3週間で日本に2往復は厳しかったのだろう。
そして、こんな体力・気力が落ち込んだ時に「喝」が入るのは、患者さんや家族からメールである。今回も、若い患者さんのお父様からのメールを読んで、心のスイッチが一気にオンになった。この親子が、必死にがんと戦っているのに、コックリさんのように居眠りなどしている場合ではない。人生は気合だ!アフリカから来ている留学生から預かっていた論文の校正をすることも、このブログを書こうと思っても、頭が霞んだようでどうにもならなかったが、昨日からはエンジンが一気に全開になった。論文の校正を2日間で一気に終えて、今、この文章を書いている。
彼女はエチオピアから来ている留学生であるが、研究補助として3年近く前から勤務している。医学部に進学したいとの希望を持っており、入学に少しでも有利になるように総説を書きたいと言ってきたので、彼女を励まして書いてもらったものだ。
以前に、ケニアからの留学生もいたが、彼も、まじめで、前向きで、人間的にも素晴らしい人物だった。今は、シカゴのダウンタウンにあるノースウエスタン大学の医学部に通っている。昨年12月に私の誕生日にコメントを寄せてきてくれたが、「あなたに技術補佐員として採用してもらえなければ、その数日後にビザが切れて、母国に帰らなければならなかった。そうなれば、私の医者になる夢が終わっていた。しかし、来年(2018年)の秋には研修先の病院を探すためにインタビューを受けることになる。自分の夢が叶えられたのはあなたのお陰だ。感謝しても仕切れない」と。涙腺が弱くなってきたので、読んでいてウルッとなってしまった。
彼女や彼らを見ていると、母国の患者さんに貢献したい気持ちがひしひしと伝わってくる。このような気持ちこそ、医療にとって最も大切な要素だと思う。苦しんでいる患者から苦痛を取り除き、希望を失った患者さんに希望を提供する。自分の面子や組織の利権に汲々としている人たちに爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい気持ちだ。何のために、誰のために、医療や医学があるのか、根源から考え直して欲しいものだ。彼らには、是非、成功して、将来は日本とケニア・エチオピアの医療分野での架け橋となって欲しいと願っている。
とタイトルと全く関係のない話が長くなったが、急性リンパ性白血病に対するCAR-T細胞療法の話に戻す。論文は2月1日号の「New England Journal of Medicine」誌に発表されたものだ。CARの抗体部分はCD19と呼ばれるBリンパ球特異的な分子を認識するので、B細胞由来の急性リンパ性白血病にしか応用できない。53名の患者さんに対して投与したところ、44名(83%)が完全寛解(がん細胞が完全に消えた)となった。この数字だけ見ると驚異的であり、5千万円の治療費も仕方がないと思えてくる。
しかし、サイトカイン分泌症候群という副作用が14名(26%)で生じており、これによって1名が亡くなっている。しかも、生存期間中央値は12.9ヶ月であるので、半数近くが1年以内に亡くなっていることになる。完全寛解率83%という高い数字と、1年で半数の患者が亡くなるという現実のギャップは大きい。がんは本当に強かに生き延びるものだと思う。
細かく読むと、骨髄の芽球数(白血病細胞)が5%未満の患者さんでは生存期間中央値は20.1ヶ月であり、5%以上の場合には2年以内に90%の患者さんが亡くなっている。前治療が多いほど、完全寛解率は低下する傾向にあった。また、サイトカイン分泌症候群は、骨髄芽球が5%未満の患者さんでは5%の頻度で起こったのに対して、5%以上の場合は41%の患者さんで認められた。白血球細胞が大量にCAR-T細胞に殺されると、不都合な免疫反応が一気に起こるものと推測される。いろいろな観点から、がんは、やはり、できる限り早期に叩くことが重要であることが再認識される。特に、免疫療法は、もっと早い段階で検証できるようにしたほうがいいと思う。
それにしても、がんゲノム医療に限らず、日本のがん医療の遅れは危機的という言葉では不十分なくらいの惨状だ。国立がん研究センターの幹部が、世界の動きを全く把握していないようなコメントをしていたと心配するメールが送られてきた。そして、相も変わらず、免疫療法バッシングが続いているようだが、CAR-T細胞も免疫療法だ。免疫チェックポイント抗体療法にしても、CAR-T細胞にしても、患者さんのリンパ球から分泌される細胞傷害性物質ががん細胞を殺している。がん患者自身の免疫力の重要性は言を俟たないのだ。
味噌と糞を一緒にした魔女狩り的論調ではなく、糞を駆逐して、味噌を上手に利用する建設的な議論をして欲しいものだ。子宮頸がんワクチンもそうだが、三流の医療メディアが三流の研究者を利用して、日本の医療崩壊に拍車をかけている。
編集部より:この記事は、シカゴ大学医学部内科教授・外科教授、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のシカゴ便り」2018年2月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。