リキッドバイオプシーでがんが見つけられるかどうか?結論はイエスだが、決して単純ではない。もし、リキッドバイプシーでp53遺伝子異常が見つかれば、どこかにがんが潜んでいる可能性はかなり高い。調べる方法によって疑陽性率が異なるが、血漿中の遺伝子断片にタグをつけた方法で、1週間の間隔を置いた2回の検査で、同じ異常が見つかればほぼ確実にがん細胞が存在していると考えていいと思う。
しかし、遺伝子異常の存在するのが機能がよくわかっていない遺伝子で、しかも、2回の内1回だけだったりすると判断は難しい。がんに関連するとわかっていても、KRAS遺伝子のように良性腫瘍でも変異が見つかるものでは、がんとは断定できない。革新的な検査ではあるが、誰がどこでやっても同じ結果がでるとは限らない技術的な難しさがある。検査結果を確実にするには、しっかりとした手順書を作成し、それをすべてのプロセスで遵守していくことが必要である。
検査結果が上述したように陽性の場合には、ほぼ確実に腫瘍が存在しているのに対して、検査で陰性の場合に、がんは存在しないと言うことはできない。どんな検査でも、検査結果をしっかりと見ないと見落とすことがある。見落としではなく、この検査では、がんがあっても、がん組織からがん由来DNAが漏れ出てこない場合には、陰性となるからだ。
前回も紹介したが、脳腫瘍では脳血流関門がバリアとなって、がん由来のDNAが血液中に漏れ出てこない。甲状腺がんなどの細胞増殖が遅いがんも、がん由来DNAの量が血液に混入してくることは少ないと推測されている。しかし、膵臓がんのように非常に悪性度が高く、細胞分裂頻度が高く、肝臓転移が多いがんであるにもかかわらず、検出率が低い例もある。肝転移が多いことから、がん細胞は血液中を流れているはずだが、がん由来DNA検出率は進行がんでも30%程度と報告されている。血液中に混入するcfDNA (cell-free DNA)は微量である上に、非常に不安定で壊れやすいので、報告されているデータを評価する場合に、検査の条件が統一されているのかどうかにも注意を払う必要がある。
特に、正常DNA10000分子に含まれる、1-2分子のがん由来DNAを見つけることは、確率的も偽陰性となる可能性がある。たとえば、下図のように血漿5ccに存在する10000分子に2個(2分子)のがん由来DNAが混入しているとする。血漿5ccのうち、半分を利用すると、その中に常にがん由来DNAが1分子含まれていると信じている人が少なくない。これは大きな間違いだ。半分利用すると、2分子含まれる確率は25%、1分子含まれる可能性が50%、存在しない確率は25%となる。したがって、極微量のがん由来異常DNAを検出するのは、ばらつきがあって当然だ。このような常識もなく、リキッドバイオプシーは信用できないと言っている輩は、基本的な思考力が欠けているのだ。新しい検査法を確立していくには、その検査法をより確実にする努力と、方法そのものの短所・長所を理解した応用が必要である。
そして、単純に思える検査でも、血清を利用した場合と血漿を利用した場合では、検査結果が異なることは少なくない。血清・血漿とも血液の液体成分であるが、血清は血液の細胞成分が凝固した後の上澄み液であり、血漿は血液に抗凝固剤を加えて凝固を防ぎ、遠心機で細胞成分を沈殿させた上澄み液である。したがって、血漿には血液内の凝固に必要な成分が残っている。血清のヘモグロビン濃度は、血漿の10倍程度高いので、凝固の過程で溶血が起こっていると考えられる。リキッドバイオプシーの際に回収できるcfDNA (cell-free DNA)は極微量であるので、白血球が壊れて、白血球DNAが混入すると検査結果に大きく影響する。
リキッドバイオプシーという検査は、単にシークエンスすればいいと言った単純な技術ではないことを肝に銘じて利用していくことが必要だ。しかし、方法さえ間違えなければ、ステージ1-2のがんの半分は検出可能であると考えている。検診率の向上と早期発見のためには、非常に重要な検査法であると私は信じている。
編集部より:この記事は、シカゴ大学医学部内科教授・外科教授、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のシカゴ便り」2018年2月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。