北の体制の安全保障はあり得ない

長谷川 良

韓国政府は6日、訪朝した韓国特使団(団長・鄭義溶大統領府国家安保室長)と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長との間で合意した内容を発表した。6項目に渡る合意内容を読んで、少々驚かされた。

北朝鮮が非核化の前提として「北朝鮮の軍事的脅威が解消され、北の体制の安全が保障される場合、核を保有する理由がない」と明言したという条項だ。韓国政府は北が非核化の意思があることを初めて明言したとして高く評価している箇所だが、まったく見当違いではないだろうか。

▲韓国特使団と金正恩委員長との会談で第3回南北首脳会談開催で合意(2018年3月5日、韓国大統領府公式サイトから)

▲韓国特使団と金正恩委員長との会談で第3回南北首脳会談開催で合意(2018年3月5日、韓国大統領府公式サイトから)

先ず、「北朝鮮の体制の安全が保障された場合」とは何を意味するのか。北は故金日成主席、故金正日総書記、そして金正恩委員長の3代世襲の独裁国家だ。その「独裁政権の体制の安全が保障された場合」とは、北の国民が飢えに苦しむ経済状況下で生き、「言論・集会の自由」ばかりか、「宗教の自由」といった基本的人権を蹂躙してきた政権が継続することを意味する。

独裁国家に対し、その体制の安全保障はできない。早急に独裁政権が崩壊し、民主的な政権が発足し、主権の国民の人権が最大限に保障される体制が確立されることを願う。「独裁国家」の体制安全を願うということは、繰り返すが、北の国民が今後も弾圧され、虐げられることを黙認することを意味する。「独裁国家の体制の安全が保障される」ことを容認できる国があるとすれば、中国共産党政権のような別の独裁国家だけだろう。

北が「体制の安全が保障された場合」に非核化に応じるということは、「わが国は絶対に非核化に応じない」という意味を別の表現で述べただけに過ぎない、と受け取るのが常識ではないか。

それを韓国政府は、「金正恩氏は非核化への意思があることを公表した」とあたかも敵将の首を取ったかのように喝采するのは、合意内容の文章をよく読んでいないか、理解不足か、それとも北側の真意を知りながら歓迎している確信犯だけではないだろうか。

北側は非核化問題について「米国と対話できる」と表明し、「対話が続いている間、追加の核実験と弾道ミサイルの発射などを再開しない」と約束したうえで、「大量破壊兵器を韓国に向かって使用しない」と確約したという。

北の狙いは核保有国の認知であり、在韓米軍の撤退だ。それを実現するためには米朝会議がどうしても不可欠となる。その対話が続く間は核実験、大陸間弾道ミサイルの発射はしないと言っただけだ。

北は既に6回の核実験を程度の差こそあれ、成功させている。北は核兵器の製造ノウハウばかりか、核弾頭搭載可能な弾道ミサイルの初期的技術を所持しているとみて間違いないだろう。だから、北が核実験やミサイル開発の凍結(モラトリアム)を宣言したとしても、状況が変わればいつでも核実験、製造を再開できる。南アフリカのような完全な核破棄ではないからだ。なぜならば、北の独裁政権にとって、大量破壊兵器は体制存続の、これこそ最も信頼できる保障だからだ。

北の独裁政権が続く限り、体制の終焉を求める声が絶えない。それを北は「自身の体制の安全が脅かされている」と受け取るだろう。すなわち、独裁政権が続く限り、「北の体制の安全を保障する」ことなど見果てぬ夢に過ぎないのだ(「北の非核化は金王朝崩壊後に実現」2018年2月27日参考)。

韓国の文在寅大統領が北との合意をなぜあれほど歓迎するのか理解できない。ひょっとしたら、文大統領は北の真意を知りながら、その誘いに乗ろうとしているのかもしれない、といった憶測すら湧いてくる。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年3月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。