社会的弱者を支える個人情報の活用

山田 肇

僕が責任者を務めるJST・RISTEX「安全な暮らしをつくる新しい公/私空間の構築」研究開発領域では、3月12日に『社会的弱者を支える個人情報の活用:新たな制度の可能性』と題するシンポジウムを開催した。

児童虐待の被害児や独居高齢者を支えるためには彼らの情報が必要である。児童虐待の通告に対応するには、その児童だけでなく家庭の経済状況や家族関係に関する情報も必要になる。独居高齢者を支援するにも、認知症の進行具合や経済状況・家族関係について知らなければならない。

これらの情報の中には、個人情報保護法が定義する要配慮個人情報も含まれる。要配慮個人情報の取得・個人情報の目的外利用・個人情報の第三者への提供には本人の同意が求められる。それでは児童虐待家庭の支援に、本人の同意を得ずに、所得情報を活用してもよいだろうか。

児童虐待防止法は要保護児童地域対策協議会(要対協)の組織化を自治体に求めている。要対協は全国的に組織され、要対協構成員の間で情報が共有され、構成員には守秘の義務が課せられている。児童虐待の通告があれば、要対協の枠組みの中で家庭の経済状況や家族関係に関する情報も共有され、対策に活用されるようになっている。

引きこもり対策には子ども・若者支援促進法が子ども・若者支援地域協議会の、高齢者の特殊詐欺予防には消費者安全法が消費者安全確保地域協議会の設置を求めている。しかし、子ども・若者支援地域協議会は2017年10月時点で107地域にしか組織されておらず、うち都道府県での設置は39にとどまっている。消費者安全確保地域協議会の設置も進捗していない。

自治体の職員は社会的弱者の保護に悪戦苦闘している。この状況を打開するために、本人に代わり同意する代諾者をどう定めるのがよいかシンポジウムで議論された。親権者など法定代理人に委ねる方法はわかりやすいが、法定代理人が加害親で、児童本人の福祉を侵害している状況もありえる。認知症高齢者宅を訪問したら世話をしていた息子風の人に、「息子である法的な証拠を示せ」というところから話し始めなければいけないとしたら、支援どころではない。

カナダ・オンタリオ州には医療情報保護法があり、本人が同意の能力を欠く場合の代諾者として、成人後見人、任意後見人、要対協のような組織によって指名された代理人、配偶者又はパートナー、父母、兄弟姉妹、その他親族が順位を付けて定められている。児童虐待の場合には父母には同意権限を与えないことも定められている。

パネル討論の登壇者は、わが国でも同様の法律を定める必要性について意見が一致した。東日本大震災の際に多くの自治体が被災者の個人情報活用をためらったように、「人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき」には本人同意不要という個人情報保護法の規定だけでは、社会的弱者の保護には不十分である。各自治体が条例で対応する方法では、条例間の細かな差から自治体を越えての保護が進まない恐れがある。児童虐待・ひきこもり・高齢者と対象ごとに地域協議会の設置を求めても、結局、同じ関係者が席に着く可能性が高い。

これからの人口減少社会では公共サービスは縮減されていき、共助・自助による社会的弱者への支援に移行せざるを得ない。共助・自助には公共に加えNPOなど多様な関係者間での情報共有が必要であり、情報共有を前提として関連法令を一から作り直すというアイデアも提案された。今までは関連法令の規定を充足するように情報基盤を構築してきたがもはや限界というのが、このアイデアの背景にある。

個人情報の活用には代諾のルールの法制化のほかに、NPOなど情報提供先の信用をどのように担保するかという問題もある。研究開発領域として検討を進め社会に提言していきたい。

山田 肇
ドラえもん社会ワールド 情報に強くなろう』監修