祖国アルゼンチンへの訪問を避けているフランシスコ法王

フランシスコ法王とアルゼンチンのマクリ大統領(www.eleconomista.comより引用)

ホルヘ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿は2013年3月に「フランシスコ法王」となってから祖国アルゼンチンを一度も訪問していない。アルゼンチンを囲む周辺諸国は殆ど訪問しているというのに。同年にブラジル、2015年にはエクアドル、ボリビア、パラグアイそしてキューバも訪問している。そして、1月16日からチリとペルーを訪問した。

ヨハネ・パウロ2世は法王に任命されてから1年も満たない内に彼の祖国ポーランドを訪問している。ベネディクト16世も2005年の最初の外遊の折に祖国ドイツを訪問先に加えていた。(参照:NewYork Times

なぜ、フランシスコ法王は生まれ故郷のアルゼンチンへの訪問を遠ざけているのか?その理由として挙げられるのがマクリ大統領と不仲であるという説だ。

しかし、ネストル・キルチネール大統領そして彼の跡を継いだクリスチーナ・フェルナンデス大統領の夫婦との関係も当初ギクシャクしたものであった。当時のホルヘ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿から見て、この夫婦による政権には権力が集中し過ぎ、貧困者への救済に欠け、同性結婚を法的に許し、野党との闘いに明け暮れていた。それは敬虔な宗教者ベルゴリオ枢機卿にとって容認することができなかったからであるという。

それが頂点に達したのはキルチネール大統領の亡き後、フェルナンデス大統領の政権時の2010年7月15日に同性による婚姻が合法化された時であった。その翌日、ベルゴリオ枢機卿は「それは悪魔の仕業によるものだ」と述べて、フェルナンデス大統領を痛烈に批判した。それに対し、彼女は「70年代末から80年代当初の軍事政権時のベルゴリオ枢機卿の軍事政権に媚びるかのような言動は大いに疑問の余地がある」と反論した

ところが、2013年にアルゼンチン国民の誰もが全く予期しなかったことが起きたのである。ベルゴリオ枢機卿が法王に任命されたのであった。その途端に、フェルナンデス大統領は手の平を返すかのように、フランシスコ法王に媚びる姿勢を示し、彼についてそれまでの批判から称賛に一変した。そして、法王に任命された4日後にフェルナンデス大統領はバチカンを訪問してそれまで痛烈な批判の対象にしていた人物に謁見し、手の甲にキスする程の変身ぶりをテレビ画面を通してアルゼンチン国民の前に披露したのであった。

しかし、フランシスコ法王とフェルナンデス大統領の儀礼上の親密な関係もその2年後の2015年末にマウリシオ・マクリが大統領に就任するに及んで終焉を迎えた。

マクリとは、彼がブエノスアイレスの市長だった時分からベルゴリオ枢機卿は儀礼上の接触をもっていただけであった。ブエノスアイレスの市長として同性結婚が議会で承認された時にマクリは反対を表明しなかった。また、大統領に就任してからもこの法改正を試みることもない。また、年金制度の改正も法王にとって不満であった。25%のインフレで購買力が落ち込んでいる中での年金制度の改正は年金受給者をより苦しめることになるからである。貧困者への救済の手を差し伸べることに非常に熱心なフランシスコ法王にとって、貧困層を顧みない政策には強く批判している。また、マクリは2度離婚し、現在3度目の婚姻である。敬虔なカトリック信者であればこれは実行し難い行為であるとフランシスコ法王は見做しているようである。これらの要因が積み重なって、フランシスコ法王はマクリ大統領に対し好感が持てないというわけであろう。

フランシスコ法王はこれまでの法王と異なり、法王という前に一人の敬虔なカトリック信者の目線で物事を観察し、そこで感じたことを比較的容易に表明する傾向にある。だから、現状のアルゼンチンの指導者との接触は出来ることなら避けたいという法王ではなく個人的な願いを実践しているのであろう。

今年1月にチリに向かうのにアルゼンチンの上空を通過している。その際に、儀礼的にマクリ大統領に次のようなメッセージを送っているが、英文によるメッセージであった。バチカンは儀礼上において外交は英文にて行うのを常としている。しかし、法王も大統領もアルゼンチン人である。スペイン語でメッセージを送る方が自然であろう。フェルナンデス大統領の政権時には法王はこのような状況にある時はスペイン語でメッセージを送っていた。

さて、法王から大統領に送られたメッセージというのは次の内容であった。

「アルゼンチンの上空を飛行している折りにあたり、あなたに私からの暖かい気持ちを差し伸べる。そして、私の祖国の全ての市民へ近くから祝福をもって心からご多幸をお祈りします」

というメッセージを送っている。

このメッセージを受けたマクリ大統領は次の内容文でもってツイートにて返信している。それは、

「全ての国民を代表して、我が国の上空を通過する際に送られたフランシスコ法王からのご挨拶と祝福に感謝します。姉妹国のチリとペルーへの法王のご訪問が平和、期待、啓示の泉となりますことを望んでいます。アルゼンチンは愛情と常なる敬意を持って法王にお供します」

という内容であった。

フランシスコ法王にとっては自分の祖国の地を踏むことなく通過して行くのは切ない思いに駆られたことであろう。またマクリ大統領にとっても、アルゼンチン出身のローマ・カトリック教の最高司祭者の訪問をこれまで一度も受けることなく、自国の上空を通過して行くのは受け入れ難い出来事であろう。

しかし、両者の間には厚い壁が存在しているようである。