指導教授の教え②

衆議院議員に当選した時に2度目の色紙を野田先生から頂きました。僕が41歳、野田ゼミを卒業して21年の歳月が過ぎています。

「戦う意志が萎えるとき、人は老いる」

野田先生は、常に戦い続けているからこそ、90歳の今でも若いのだろう、と改めて感じています。

僕は現在、53歳。色紙を頂いてから12年という歳月が更に過ぎています。僕も戦う意志を持ち続け、行動して、ここまで来ました。何と戦うかは人の考え方によって異なります。僕は自分の理想とする政治家像に戦いを挑み続け、その結果として理想とする国家像を構築するというものです。もちろん、理想とする国家像を全て構築できたわけではありませんが、一部は成し遂げることが出来ています。

「他人と戦う」という意志を長期にわたって持ち続けることは、僕には出来ません。「尊敬する政治家、理想とする政治家はいますか?」という選挙前にありがちなアンケートには、これまでも「いません」と答えてきました。そして「自分が理想とする政治家像はあります」と。その政治家像に追いつくため、負けない為の戦いを挑んできたのです。常に100%の全力投球で手を抜かない。誰にも公平に接する。弱い立場の人に思いを寄せる。汚いお金に手を出さない。有権者への説明責任を果たす。役職に拘らずに本当に国民に役に立つ仕事をする。引き際を自ら定め65歳で政治家を辞める。

365日、政治活動で手を抜いたことはありません。事務所スタッフは13人~15人、資金を集めて、それを使って活動してきました。僕が手を抜いたら、熱心に活動してくれている秘書にも後援会にも面目が立たないので、必死に活動してきて1度も手を抜いたことはありません。古い考え方かもしれませんが、背中を見せることで伝えてきたつもりです。

資金についても、政治資金パーティーや個人献金を中心に多くの支援者から広く活動費の捻出をして頂きました。理解を深めてもらうために政治資金パーティーは毎年、前年度収支を報告してきましたし、インターネット政治献金を日本の政治家で始めて取り入れて、個人献金文化を根付かせる努力をしてきました。海外視察の資金を日本円、ビットコインでのクラウドファンディングで集めたのも、日本で最初でした。広く浅く、様々な手法で資金を提供してもらうことにより、活動費を集めてきたのです。

政治家の説明責任についても、朝の駅頭演説3930回、国会見学300回、ミニ集会500回、月1回の予約なしで、朝食をとりながら、僕に直接話をすることが出来るモーニングミーティング等…。年1回の広報紙の全戸ポスティング、月1回の地元のコミュニティー紙への意見広告。年2回1000か所のメッセージポスターの貼り換え。月1回、3000人に送るFAXニュース。日本初の政治家によるインターネットニュース番組「日の出テレビ」を設立し、2年間にわたるライブニュース番組の配信もしました。この活動は「俺たちデジタル族議員~日の出テレビの挑戦」という書籍にまとめています。

月1回、3000人にメルマガ「政治の時間」を送り、Facebook、Twitter、Instagram、Line、Google+、Vain、Youtube、Blogと、ありとあらゆるネットメディアでも説明責任を果たしてきました。「政治家が何をやっているかわからない」という有権者一言を聞きたくないために、全てをやりつくし、積み上げてきたのです。調べようとさえ思えば、色々な方法で僕の活動を知ることが出来るようにしました。

国会議員になって、役職にこだわったことはありません。2005年に当選した同期で大臣政務官を断り、就任経験をもっていないのは僕だけでした。副大臣も同期で一番最後、内閣府副大臣も特に希望したわけではありません。マイナンバー担当大臣補佐官は、マイナンバーの実務を担うために就任しました。実質的な実務を担い国民に貢献できれば、それでよかったのです。自民党IT戦略特命員会事務局長として、国のIT政策をつくり、サイバーセキュリティー基本法、官民データ活用推進基本法という議員立法をつくりました。選挙制度制度調査会で、18歳選挙権、地方議会選挙での政策チラシ配布も実現できました。水素エネルギー社会実現委員会では、水素エネルギーを国家戦略の位置づけにできました。知的財産コンテンツ利活用、社会的養護施策、いずれも政策をつくる部門の事務局長として、実質的な政策づくりを担ってきました。

また、100%全力投球というのは、上記の活動を最低限やり続けることであるため、エンドレスで出来る活動手法ではありません。必ず限界がきます。公務員の定年は、延長されたとして65歳。議員も公務員なので65歳でやめて、後輩にバトンタッチをするぐらが丁度いいと考えました。

野田先生が書いている「老いる」というのは、年齢のことではなく、生き方のことだと認識しています。この教えは、政治の世界だけでなく、一般社会でも同じことが言えると思います。これまで「戦う意志」を持って、自分の理想と戦ってきました。落選し、ゼロからの再出発となっている今、これからも、野田先生の教えを心に秘め「戦う意志」を持って生きていきたいと思っています。


編集部より:この記事は元内閣府副大臣、前衆議院議員、福田峰之氏のブログ 2018年3月30日の記事を転載しました。オリジナル記事をお読みになりたい方は、福田峰之オフィシャルブログ「政治の時間」をご覧ください。