“スイス・ファースト”問う国民発議

長谷川 良

スイスは直接民主制の国家で欧州連合(EU)にも加盟せず、独自の政治、社会体制を構築してきたが、ここにきて国際法と国内法(連邦法)のどちらを優先すべきかで、議論を呼んでいる。

以下、スイス・インフォが特集した「国際法より国内法を優先?」のタイトルの記事(独語翻訳・編集 宇田薫氏)の概要を紹介する。

▲ジュネーブの国連欧州本部(2012年11月1日、撮影)

国際法より国内法を優先すべきだというイニシアチブ(国民発議)は右派政党「国民党」(SVP)が提示、「スイスの直接民主主義を取り戻す」ことを目標としている。換言すれば、アルプスの小国で中立国のスイスもグローバル化の現代、多くの国際法に縛られて、自国の独自の直接民主制の実施に障害が出てきたことから、スイス・ファーストを標榜する運動と受け取っていいわけだ。

スイス・インフォによると、イニシアチブの正式名称は「よその裁判官ではなくスイスの法律を(国内法優先イニシアチブ)」と命名され、スイスの国内法と国際法にどう優先順位をつけるべきかを示した内容だ。3月の全州議会(上院)では同イニシアチブと急進民主党の対案(国際法を国内法より優先)の両方が審議され、否決されたが、来年にも国民投票でこのイニシアチブの是非が問われる予定だ。

多くのケースで国際法の内容はスイスの国内法と整合性がある。たとえば、国際法上の強硬規範(拷問、奴隷制度、侵略の禁止など)はスイス国内でも適応される。問題は、国際法の内容と国内法が競合、ないしは不一致の場合、どちらを優先するかだ。
連邦内閣は2010年3月5日、「連邦と州(カントン)は国際法を考慮する」と規定された連邦憲法から、「国際法が(国内法より)常に優先されるとまではいえない」との見解を出した。国際法と矛盾する内容と知っていて作られた法律でも、人権が守られているものであれば、その法律を優先する、との連邦最高裁判所の判例もあるという。

今回のイニシアチブの発起人、国民党は「連邦最高裁判所、連邦内閣、行政、法曹界では近年、国際法が国内法に優先する風潮にある」と批判。その実例が、2012年10月12日、最高裁が「外国人犯罪者を国外に追放するイニシアチブ」に関連して出した判決だという。国民党は最高裁がこの判決で「強行規範でない国際法も、連邦憲法と連邦法に優先する」との見解を出したとして、強く批判してきた。そこで国民党は「いかなる場合においても連邦憲法は国際法に優先する(強行規範は例外)」という条項を、連邦憲法に盛り込むことを狙っているわけだ(「難民避難地のスイスが危ない」2010年12月4日参考)。

スイス・インフォはもう一つの実例を挙げている。スイス連邦憲法はイスラム教のミナレット建設を禁止しているが、欧州人権裁判所が「スイスの国内法は欧州人権条約(EMRK)で明記している信教の自由に反する」と決定した場合だ。国内法を国際法より優先する発議が可決された場合、スイスは1974年に批准した欧州人権条約を破棄する以外の選択肢がなくなる。反対派が主張している懸念は、国民党の主張が可決された場合、スイスの国際的イメージ・ダウンにつながる恐れが出てくるというものだ(「ミナレット建設禁止可決の影響」2009年12月1日参考)。

最後に、スイス以外の欧州諸国の立場を紹介する。

A:国際法>国内法
フランス、オランダ、ドイツなど
B:国内法>国際法
英国、ロシアなど
C:国際法=国内法
フィンランド、デンマークなど

以上、更に詳細な内容を知りたい読者はスイス・インフォのサイト(swissinfo.ch)を訪れてほしい。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年4月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。