シリア内戦で揺れるレッドライン

シリア内戦が始まって今年3月で丸7年目が過ぎた。その間20万人から40万人のシリア人が犠牲となり、数百万人が国外難民となったが、戦闘は今なお終焉する兆しを見せていない。それどころか、武装勢力間で化学兵器が使用され、民間人、子供たちが多数犠牲となっている。国際社会はシリア内戦の終焉をアピールするが、その声は紛争勢力には届かない。

▲シリアの国旗(OPCW公式サイトから)

▲シリアの国旗(OPCW公式サイトから)

オバマ米大統領(当時)は2013年8月、「シリア政府軍の大量破壊兵器、化学兵器の使用はレッドライン(越えてはならない一線)だ」と宣言したが、化学兵器が実際、使用された後でも何らの対応も取らなかった。その結果、化学兵器を使用する側が「米国は口だけで、報復攻撃をしない」と受け取ったとしても不思議ではない。オバマ政権の大きな戦略ミスだ。レッドラインと言明した以上、その発言の信頼性を維持しなければ、それ以降の米国の発言は空しい意味のない脅迫に過ぎなくなるからだ。

シリアの首都ダマスカス近郊の東グータ地区で今月7日、政府軍による化学兵器攻撃で多数の市民が犠牲となった。それを受けて、トランプ米大統領は8日、アサド政権、それを支えるロシアとイランに対して、「大きな代償を払うことになる」と強く警告を発したばかりだ。トランプ氏にとって「シリアは明らかにレッドラインを越えた」わけだ。

一方、シリアとロシアは、「化学兵器攻撃はなかった」と主張し、米英側の主張をプロパガンダだと一蹴してきた。特に、ロシアはシリア内戦での化学兵器使用容疑ばかりか、英国に亡命中の元ロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)スクリパリ大佐と娘が今年3月4日、英国ソールズベリーで意識を失って倒れているところを発見された暗殺未遂事件でも、毒性の強い神経剤はロシア製の「ノビチョク」である可能性が高いとして関与が疑われている。

欧州連合(EU)19カ国が先月27日夜、英国で今月初めに起きた軍用神経剤による元ロシア情報員セルゲイ・スクリパリ氏(66)とその娘ユリアさん(33)の暗殺未遂事件をロシアの仕業と判断し、対抗措置として露外交官の追放を発表したばかりだ。

元ロシア情報員暗殺未遂事件で化学兵器を調査した専門機関が「ロシア製」と断言し、ボリス・ジョンソン英外相は「100%確かだ」と表明したが、ここにきて英国内でも「完全に確かなわけではない」という声が出てきている。
化学兵器は核兵器とは違い、貧しい国でも製造可能な大量破壊兵器だ。決してロシアだけではない。例えば、北朝鮮がシリアに化学兵器製造を支援した疑いが報じられたばかりだ。

ちなみに、国連安全保障理事会はシリアに化学兵器廃棄を義務付ける決議案を全会一致で採択し、それを受け、オランダ・ハーグに本部を置く化学兵器禁止機関(OPCW)は2014年末までにシリアの化学兵器を完全に廃棄する計画を作成し、実施してきた。
アサド政権がOPCWに提出した約700ページに及ぶ資料によると、シリア内の化学兵器の関連施設は約50カ所、その量は約1300トンだ

オーストリア日刊紙プレッセ(4月10日付)で在オーストリアのデミトリ・リュビンスキー・ロシア大使は、「英生物化学兵器実験所ポートンダウン研究所がロシア人スパイ暗殺未遂事件で使用された神経剤がロシア製だったと指摘したが、その主張が怪しくなってきた。英国外交の傲慢なミスだ。OPCW加盟国でも英国側の主張に疑いを持ち出してきた。そこでメイ政権は今度はシリアの化学兵器問題に国際社会の関心が向くように世論操作してきた。元ロシア人スパイ問題の間違いを隠蔽する工作だ」と反論している。

シリア内戦やロシアの元スパイ暗殺未遂事件でもロシアが主要容疑と見られているが、国連安保理で対ロシア制裁を採択することは難しい。ロシアが拒否権を出すのは目に見えているからだ。
ロシアの仕業と判断する米英仏らの有志国家が率先して軍事報復や制裁に乗り出す以外にない。国連という抑えがないため、ロシア側ばかりか、米英仏有志国家にとっても戦闘が拡大し、全面紛争に発展する危険性は完全には排除できなくなる。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年4月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。