「がんばれイギリス」映画たち

矢澤 豊

名優ゲイリー・オールドマンがついにアカデミー主演男優賞を手にした映画「Darkest Hour」(邦題「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」)が日本公開とのこと。私はこの映画はまだ未見なのですが、いやはや昨年、2017年のイギリス映画界は、私が個人的に「がんばれイギリス」映画と呼ぶ作品が目白押しでした。

オールドマンのチャーチルに先駆けて発表されたのが、題名そのままの「Churchill」。オールドマンとちがって、あまり特殊メイクしなくてもチャーチルに似ている渋い俳優ブライアン・コックスが、ノルマンディー上陸作戦を目前に逡巡・懊悩するチャーチルを演じていました。

話題になった作品では、第二次世界大戦の冒頭、怒涛のドイツ軍に責め立てられて北フランスの港町ダンケルクに孤立したイギリス軍救出のためにイギリス国民が立ち上がった史実を題材に、クリストファー・ノーランが監督・脚本した「ダンケルク」がありました。

また大英帝国最後のインド総督、マウントバッテン卿を主人公にした「Viceroy’s House」では、「パディントン」では優しいパパ役でうっていたヒュー・ボネヴィルが、「貴族的で見栄っ張り」といわれたマウントバッテン卿を演じています。

近年、インドの政治家であり元国連事務次長でもあったシャシ・タルール氏などが先鋒となって、イギリスのインド植民地支配に対する弾劾・補償要求の声が高まっていた背景がありましたので、こうしたイギリス側からの視点による、下世話に要約すれば「全部オレたちのせいにするなよ〜」的な作品の登場は興味深い。これを脇からサポートするかのようだったのが、大御所ジュディ・デンチが演じるところのヴィクトリア女王が一人のインド人青年との友情を育む物語、「Victoria & Abdul」。

とりもなおさずこれらの作品は、EU脱退を決めた2016年の国民投票の結果を受けて、世情不安にかられているイギリス人の心に訴える内容です。意地悪に言えば、映画製作者側のあざとい目論見が透けて見える気がしますが、うがった見方はさておき、厳然たる事実として今を生きるイギリス人たちに、彼らのアイデンティティーとその礎となる歴史・伝統を再確認したいという渇望がリアルに存在するということの証左でしょう。

歴史と伝統の再確認ということでいえば、イギリス王室を題材にした作品もここのところ飽和状態。アカデミー作品賞まで取った「英国王のスピーチ」(2010年)以来、王室を題材にした大小さまざまな映画やテレビ・ドラマが発表されましたが、そのトレンドも2016年から始まったドラマ・シリーズ「ザ・クラウン」で頂点に達した観があります。若き王女エリザベスが父王の突然の崩御によって女王の地位についてからの様々なドラマを描いたシリーズは、いままでタブー視されていたエディンバラ公フィリップとの夫婦仲のいざこざなどにも分け入り大ヒット中。主役のエリザベス役をフレッシュなクレア・フォイから、安定感のあるオリヴィア・コールマンに替えた続編新シリーズが今年始まります。

この王室マニアも高齢のエリザベス女王のあとの王室の存続、ひいてはイギリスの国体のありかたに対するイギリス国民の漠然とした不安が遠因となっているであろうことは想像に難くありません。

ここから映画オタクな話になりますが、イギリスの国情を反映した映画作品といえば、大昔の作品に「ゼンダ城の虜」(The Prisoner of Zenda)という1937年の作品があります。

ルリタニアという架空の王国を旅するイギリス人紳士ラッセンディルは、当地の新国王ルドルフ五世にうりふたつのソックリさん。ふがいなくも戴冠式前夜に泥酔して誘拐されてしまう国王の身代わりで式にのぞみ、王国の転覆と王位をねらう国王の異母弟一味をやっつけるというのがあらすじ。最後はすっかりラッセンディルに惚れてしまう国王の許嫁フラヴィア王女に涙ながらにわかれを告げ、ラッセンディルは帰国の途につきます。それを見送る国王の親友、フリッツ(デヴィッド・ニーヴン...いい役者です)の最後のセリフが「運命は常に正しい人物を王としない。」これは映画発表の直前、アメリカ人ウォリス・シンプソン夫人との不倫愛に耽って、英国の王位を投げ捨てたエドワード8世へのあてつけとして当時から話題になりました。

「ゼンダ城の虜」が発表された1937年以降、イギリス映画界は第二次世界大戦のプロパギャンダ映画の百花繚乱となります。名戦闘機スピットファイアの開発に取材した「The First of the Few」(1942年)。後に「アラビアのロレンス」などで名を馳せるデヴィッド・リーンが二つの大戦間のイギリス庶民の生活を描いた「This Happy Breed」(1944年)。ノエル・カワードが監督・脚本・主演した「In Which We Serve」(1942年)。ローレンス・オリヴィエとヴィヴィアン・リー夫妻は、独裁者フィリップ2世率いる大国スペインに立ち向かうイギリスを描いた「Fire Over England」(1937年)と、独裁者ナポレオンに立ち向かうネルソン提督を描いた「That Hamilton Woman」(1941年)の二作で共演して、スター・カップルとしての地位を不動のものにします。

しかし往時の「がんばれイギリス」映画と昨今のそれを比較する時、対独戦争への勝利という目的がはっきりしていた当時の悲壮ながら真摯な時代情景と、Brexit後の漠然とした不安に満ちた今、心のよりどころを求める人々の心象風景の反映が際だった対照をなしていて、「いやはやこの国もタイヘンな時期を迎えたな...」と感慨をあらたにするのです。