福田財務次官のセクハラ騒動のこともあって、書きそびれていたが、先週の4月18日、宏池会(岸田派)のパーティー「宏池会と語る会」の様子をのぞいてきた。
宏池会としては、総裁選もにらみながら派閥のプレゼンスを高める発信のための一大イベントとして意気込んでいたはずだが、折悪く、開催と同時間帯に福田次官が記者会見で辞任表明するタイミングに重なった。また総裁選を控えた時節柄、岸田氏本人がどのようなメッセージを発するのかに注目が集中。「語る会」の様子を伝えた報道各社の記事は、案の定、政局的な観測記事が目立った。
一方で、安倍首相が9月の総裁選に出馬せず、岸田氏を後継指名した場合、ポスト安倍の座に大きく近づくことを考えれば、その政策がどのようなものであるか、関心を持つ国民は増えてくる。その意味で、政治部の記者たちが相変わらずの政策後回しの報道ぶりを冷ややかに見てしまうのだが、この日は、来場した約3000人の来場者には、今後の宏池会が目指す政策理念をまとめたリーフレット(写真)が配られた。報道では、見出しレベルしか紹介されていないので、できるかぎり詳しく紹介してみよう。
政局報道では伝わりづらい宏池会の政策とは?
まず、冒頭で3つのキャッチフレーズを提唱した。
“トップダウン”から“ボトムアップ”へ
“対症療法”から“持続可能性”へ
自立した個人、“個性・多様性を尊重する社会”へ
「“トップダウン”から“ボトムアップ”へ」はあきらかに「安倍一強」に対する批判を踏まえたオルタナティヴを提示したといえる。「“対症療法”から“持続可能性”へ」は、カンフル剤的な積極財政政策のアベノミクスから、より本質的な改革を志向しているように見える。「個性・多様性を尊重する社会」は、リベラルな宏池会らしさで独自性をもたせた。
この3つのフレーズをもう一段階ブレークダウンしたのが“K-WISH”。小林史明さんもすでに一部紹介しているように、5つの政策観の頭文字をまとめたものだ。
・Kindな政治 権力に対するチェックアンドバランスを確保する
・Warmな政治 大企業・中央偏重から、中小企業・地方が主役のボトムアップ型経済を実現する
・Inclusiveな社会 自立した個人、個性・多様性を尊重する社会へ。
・Sustainableな土台 真に持続可能な経済・財政・社会保障を実現する
・Humaneな外交 平和憲法・日米同盟・自衛隊の3本柱で平和を創る
Kindな政治のKは、あきらかに岸田氏のイニシャルをとって最初に持ってきたものだろう。優しさ、謙虚、ボトムアップのニュアンスを盛り込んで、あらためて「ポスト安倍」への意欲をにじませつつ、しかし、安倍首相との差異化も意識している。ただし、安倍政権を支持する人たち(自民党のコア支持者以外の中間層も含め)が特に関心を持ちそうなのが、「Sustainableな土台」が何を意味するのかだ。伝統的に財政規律を重視する宏池会の理念からすれば、異次元の緩和で積み増した巨額の債務リスクをどうヘッジしていくのかが焦点になる。しかし、目先の景気を腰折れさせるような引き締めをしたりしないのか、といった財政再建と経済成長の両立について手腕が問われる。
政策ポジショニングから検索量までざっくり分析
この日のパーティーには、来賓で訪れた石破茂氏など他派閥の有力議員の発言も注目された。政局報道では、その発言の中身の解釈をしながら、水面下の各派の連携に向けた動きを読み取るわけだが、各派閥の政策的ポジションを独断と偏見でざっくり分類すると、岸田派と「組める」のかどうか、一つの指標にはなる。分類の仕方は、縦軸を「積極財政志向⇄財政規律志向」、横軸を、安全保障政策での「リベラル⇄保守」にしてみた。
こうしてみると、岸田氏は5年余、安倍首相によく仕えてきたが、本来は、経済財政、安保外交でも対照的なゾーンにいることがわかる。党内融和を優先してきたわけだ。一方、総裁選の連携という文脈でみたとき、石破氏がパーティーのあいさつで「私どもと似た方向になっている」と秋波を送ったが、経済財政ではたしかに近いものの、リベラルで伝統的に護憲志向だった宏池会・岸田氏とは、外交・安保では距離があるかもしれない。石破氏は最近まで戦力不保持をうたった9条2項の削除が持論。2項を維持した上での自衛隊を明記するという、党主流の“穏健な”改憲案を容認するまで時間がかかっていた。
総裁選をただの数合わせゲームにしないためには、各派閥の政策観のすり合わせが行われるのかも注視したい。
いずれにせよ、「絶対王者」のはずの安倍首相がスキャンダルで3選に黄信号が伴った中で、相対的に岸田氏への注目度があがるものの、国民的な知名度や人気、メディアでの話題づくりなど発信力が足りないと感じる人は多いだろう。特にネットでの存在感はいまひとつ。総裁選で名前が上がっている人たちの「検索量」をグーグルトレンドで調べてみると、「岸田文雄」は、現職の「安倍晋三」は別格として、「石破茂」「野田聖子」「河野太郎」と比べると、あきらかに低迷している。
このあたりの背景には、石破氏が事あるごとに政権批判を繰り返し、野田氏がセクハラ問題や子育てなど、女性政治家としての発言がクローズアップされているのに比べて、岸田氏のメディア露出が少ないことがありそうだ。もちろん、メディア露出が多いからといって、総裁選レースでの得票につながるための自民党所属議員、一般党員に訴求できているとは限らないが、しかし、岸田氏のキャラクターから政策観に至るまで、いまひとつイメージが伝わっていない可能性は高い。発信力を高めるには、メディア戦略の強化は課題のひとつだろう。
発信力強化にはメディア戦略のテコ入れが必要
今年の夏には先のリーフレットで掲げた政策理念を具体化した政策集ができるようだが、たとえば、自民党時代の小沢一郎氏の『日本改造計画』に代表されるように、政策集を出版というかたちで発信する手段はある。岸田氏もすでに出版社と水面下で折衝しているかもしれないが、『日本改造計画』のように、竹中平蔵氏や伊藤元重氏のような名うてのブレーンによるゴーストライターを起用し、ビジョナリーなコンテンツを作れれば面白くなるかもしれない。
また、宏池会で独自のオウンドメディアとなる公式サイトを作るのもいいだろう。サイトがあればさきのパーティーの内容も、岸田氏の個人ブログにアップしている演説の書き起こし、あるいはリーフレットの全文アップも可能にすることで政局ばかりの政治ニュースでは読めないコンテンツを届けられる。
実は自民党の派閥では、細田派(清和会)と石破派(水月会)が公式サイトをすでに開設しているが、いまのネット時代にオウンドメディアがない派閥のほうが多いという実情だ。野党による政権奪取の可能性がゼロに等しく、自民党内での政権交代があるかどうかが実際のところなわけだから、国民としては報道以外に直接、政策の中身をみてみたいもの。党本部のサイトとは別に、宏池会としてもひとつの「政党」としてメディア戦略のテコ入れが重要になるのではないだろうか。