読書の達人渡部昇一に学ぶ
私が幼少期、具体的には、小学校高学年くらいから・中学校・高校を通じて最も影響を受けた人物は、英語学の専門家である渡部昇一先生です。高校の頃まで、渡部先生が出版された多くの本を読んできました。大学生になると、私は政治学を専攻することになりましたから、渡部先生の本から離れ、政治学の専門の本を読むことになりました。今日に至るまで、大学入学以来、渡部昇一先生の本をあまり読んでいませんでした。
しかし、最近、渡部先生がご自身の青春時代の読書経験を記した『青春の読書』を出版され、非常に興味深く感じ、この本を読みました。随分と久しぶりの渡部昇一先生の著作となりましたが、この本を読み、やはり渡部先生の読書量は尋常ではないと感じ入りました。この本には先生が使用している書斎、蔵書の写真が載っているのですが、これは個人の蔵書とは思えない程、立派な図書館です。数多くの先生がた、読書家と出会ってきましたが、渡部先生こそ日本一の蔵書家であると思います。渡部先生の蔵書を越える蔵書を拝見したことがありません。
高校生の頃、渡部先生の本を読んだ私は、感激したあまり拙い感想を書き、先生に送ったことがあります。全くの素人で縁もゆかりもない高校生がファンレターを書いたといったらわかりやすいでしょうか。驚いたことに、田舎の高校生であった私のところに渡部昇一先生からお返事が届いたのです。文面はパソコンで打ってあったので、恐らく秘書の方が打ち込んだと思いますが、先生がしっかりと私の感想をお読みいただいたことがわかるお返事でした。その返事の最後に有難いことに「岩田君の大成を期待しつつ」と書いてありました。この渡部先生のお言葉に刺激を受け、一生懸命勉強してきました。
考えてみれば、私は渡部先生のようになることを目標として、学問に勤しんできたようにも思います。勿論、専門は全く異なりますが、渡部先生は知的で明快にご説明をなさるのが特徴的で、読者にとってとてもわかりやすい本を書かれてきました。そしてまた、本を出版するたびに新しい情報を盛り込んでいました。こういう知的で素敵な大人になりたいというのが、小さなころからの私の夢でした。
渡部先生は、推理小説の大家・江戸川乱歩という小説家の言葉から読書について説明しています。「江戸川乱歩」というのは「エドガー・アラン・ポー」という英国の小説家の名をそのまま漢字に当てはめたペンネームですが、彼の明智小五郎を主人公とした『少年探偵団』は、今でも読み継がれる名著といってよいでしょう。この著名な推理小説家江戸川乱歩は読書の醍醐味を「活字の舟」と表現しているそうです。人間は「活字の舟」に乗って、全く異なる国、世界を訪問することができるというわけです。この「活字の舟」という表現は、読書の本質を鋭く衝いた卓抜な表現でしょう。恐らく、読書が本当に好きな人であるならば、この「活字の舟」に乗った経験があるはずです。本を読むのが面白くて、面白くてたまらないという経験をしたことがある人ならば、その瞬間こそが「活字の舟」に乗っている瞬間だと感じることでしょう。
渡部昇一先生は山形の田舎に生まれ、育ちました。戦前の日本には、今日と違ってテレビゲーム等々の子供を夢中にさせるような玩具があったわけではありません。そんな田舎で暮らす渡部少年はあるとき、講談社の少年用の講談『宮本武蔵』、『一休和尚』を読み、一気に「活字の舟」に乗る愉しさを覚えてしまいます。ここから、一気に本の世界を旅することになります。
編集部より:この記事は政治学者・岩田温氏の「note」記事(有料)から一部を転載しました。