「労働者の祭典の日」の昔と今

オーストリア社会民主党のウィーン市庁舎前広場のメーデー集会(2018年5月1日、オーストリア通信のゲオルグ・ホホムート記者撮影)

5月1日はメーデーだった。「勤労」に感謝し、労働者を鼓舞する国際的な祭典の日であり、オーストリアでは1日は休日だ。ウィーン市庁舎前広場では社会民主党(SPO)がメーデー集会を開くのが慣例となっている。国鉄や鉄鋼業などの労組ではメーデー集会のために労働者を動員する。多くの労働者は日頃の疲れを取るために長くベットに横たわりたいところだが、そんな贅沢なことはできない。メーデー集会用の旗をもち、先頭の組合員の掛け声に倣って「労働者の権利」を叫びながらウィーン1区の路上を歩くのがメーデーの風景だった。

メーデー集会を警備する警察官、客相手の商売、レストラン関係者は1日は忙しいが、祝日の出勤ということで、時給が2、3割から2倍アップする職場もある。メーデーを喜んでいる職種はタクシー業界かもしれない。路面電車の一部区間が1日午前7時45分から14時まで操業停止となることから、タクシーを利用せざるを得なくなる市民が出てくるからだ。

そのメーデー集会も昔と今ではずいぶん変わった。昔はメーデーは聖なる祝日だった感じがする。365日で「5月1日」だけが勤労する労働者の日だという思いが強かった。メーデーは日頃、脇役に追い込まれていた労働者が主人公となる日だったわけだ。

しかし、メーデーも変わった。それを痛烈に感じたのは2年前のウィーン市庁舎前広場の社民党集会(2016年5月1日)だ。SPO党首のファイマン首相(当時)が演説中、首相の辞任を要求する声が飛び出し、「ファイマンは辞めろ」と書かれたプラカードを掲げた労働者の声でファイマン党首の演説は妨害された。メーデーの直後、ファイマン首相は辞任に追い込まれた。そして、新党首に経済界でキャリアを積んできたマネージャー(最高経営責任者)、オーストリア連邦鉄道のクリスチャン・ケルン総裁が選出された(「難民問題は政治生命を縮める?」2016年5月11日参考)。

労働者の代表を自負してきた社民党の党首がメーデーの日に辞任に追い込まれたのだ。多くの労働者が社民党をもはや労働者の味方とはみなさなくなった。それだけではない。労働者は存在するが、労働者階級という概念は希薄になり、自身が労働者階級に属すると考える国民は少なくなってきた。

今年はカール・マルクス生誕200年を迎える。昨年はマルクス(1818~1883年)の代表作品「資本論」第1部が出版されて150年目だった。彼は労働が価値を生み出すとして「労働価値説」を唱え、商品に投入された労働量でその価値を評価した。マルクスにとって「労働者」は重要な役割を果たしているが、彼は書簡の中で労働者をEsel(ロバ)と呼び、バカ扱いしていた。

共産主義思想を国是としたソ連・東欧諸国では“ノルマ”という言葉が重視され、労働時間の長短で価値が決定された。商品の付加価値や知的所有権は問題視されなかった。だから、中国共産党政権が知的所有権を蹂躙しても余り罪意識のないのは当然だ(「マルクスは『労働者』をバカにした!」2017年5月17日参考))。

そのカール・マルクスを思想の父と仰ぎ、労働者天国を標榜してきた共産主義社会は崩壊に追い込まれていった。それに代わって、グーグルやフェイスブックのIT分野の創設者が資産家の仲間入りをした。同時に、人工知能(AI)のロボットが労働者の職場を奪うのではない、といった懸念が聞かれ、労働者の雇用市場は激変してきた。

ウィーン市庁舎前広場で1日、社民党のミヒャエル・ホイプル市長(68)、ミヒャエル・ルドヴィク次期市長(57)、そしてケルン連邦党首(52)が労働者の前で演説した。社民党が野党となって迎えた最初のメーデーだった。昨年10月の総選挙結果、国民党主導のクルツ連立政権が誕生し、これまで政権政党だった社民党は野党生活に下野した。

ホイプル市長は“赤の砦”と呼ばれたウィーン市のトップを23年以上勤めてきたが、今月24日にルドヴィク氏に市長の座を譲る。ルドヴィク氏は演説では「抗争する時ではなく、より連帯すべき時だ」と訴え、党員の結束を訴えていたのが印象的だった。

ちなみに、ドイツの社民党(SPD)のゲアハルト・シュレーダー首相(当時)が新中道路線の「アゲンダ2010」を提唱して有権者の支持を得たように、社民党が労働者の党から脱皮し、新しい時代に合致したアイデアを提示できれば、党再生のチャンスはまだある。キリスト教を政治信条とする国民党(オーストリア)、ドイツの「キリスト教民主同盟」(CDU)も政党の核というべきキリスト教価値観を失い、新しい時代の指針を提示できないでいるからだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年5月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。