言論プラットフォーム「アゴラ」に東京都議会のおときた駿議員のコラムが掲載されていた。見出しに惹かれて読んで驚いた。曰く「『父の霊に言われて』思いつきでやってきた小池知事の言葉が誠実に響くはずがない」というのだ。
当方は「父の霊に言われて」という小池百合子都知事の発言を読んで、「へ~、小池都知事は父の霊の言葉が聞こえるんだな」と共感を覚えたが、おときた議員は当方が共感を覚えた“この部分”に特に怒りを感じておられるらしいのだ。
小池都知事が「眠ることもなく考えた末、難航している豊洲市場の賑わい施設『千客万来施設』の事業者(万葉倶楽部)との交渉に直接出かけることにしました」と説明していたならば、おときた議員は立場の違いがあったとしても納得されただろう。しかし、実際は、小池都知事は「きょう仏壇に手を合わせていたら、亡くなった父が『直接行け』と言っているように思ったから」という理由から協議に突然参加したというのだ。それを聞いたおときた議員は「ちょっと本気で憤りと危機感を感じた」という。
日本の読者は豊洲市場の賑わい施設『千客万来施設』の事業者と東京都の間の問題についてはご存じだろう。小池都知事が事業者側との協議なく、最初の計画を変更したことを受け、事業者側と小池知事の間で対立が生じているわけだ。
おときた議員の主張は正論のように思えるが、当方が少し気になったのは「父の霊に言われて」という部分に生理的に強い反発を感じておられるおときた都議員の受け取り方だ。
おときた議員は小池都知事の考え方、その政治手腕についてよくご存じな政治家の一人だろうから、小池氏の一つの発言から一般の人には分からない部分が見えてくるのかもしれない。
ところで、「父の霊」の声を聞いたのは小池都知事だけではない。デンマーク王子のハムレットも殺害された父親の声を聞き、父を殺した人間が誰かを悟った。名探偵シャーロク・ホームズの生みの親、英国作家コナン・ドイルは愛する息子を突然失った後、米国プラグマティズムの創設者ウィリアム・ジェイムズ、イギリス功利主義哲学のパイオニア、ヘンリー・シジウィック、進化論の生みの親、英博物学者アルフレッド・ラッセル・ウォレスら第一線の科学者たちが当時追求していた心霊研究に強い関心を示し出した。愛する息子ともう一度会いた、という思いがドイルを心霊学の世界にひき入れていった話はよく知られている。スウェーデンのカール16世グスタフ国王の妻シルビア王妃や、ノルウェー王ハーラル5世の長女マッタ・ルイーセ王女は亡くなった人と常に会話している。要するに、「父の霊の声」を聞き、その後の言動を修正した人間は小池都知事一人ではないのだ(「どのような出来事が人を変えるか」2016年3月13日参考)。
口には出さないが、実際、亡くなった家族とコミュニケーションをしている人は多い。第三者に言えば誤解されるので、口外しないだけだ。
小池都知事は多分、その中の一人ではないか。だから、「なぜ協議に突然参加したのか」と問われたので、正直に言ってしまっただけだろう。
ただし、政治家の小池都知事から宗教的な表現「亡くなった父の霊の言葉を聞いたので」発言が飛び出したので、周囲の人が強い違和感を感じたことは想像できる。その発言内容を誤解し、おときた議員のように、「聞く者たちを小ばかにしている」と受け取った人が出てきても不思議ではない。
小池都知事の発言に問題があったとすれば、その内容ではなく、タイミングだ。小池発言は限りなく誤解されやすいタイミングで発せられたわけだ。
ことは「本気で憤りと危機感を感じた」というべきことではない。むしろ、小池都知事の別の世界を垣間見たというべきかもしれない。
今後、政界で大活躍が期待されているおときた議員には、「本気で怒りと危機感を感じる」問題は別のところにあるはずだ。そして「亡くなった父の霊」に語り掛ける小池都知事のような人が案外周辺に少なくないことを忘れないでほしい。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年5月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。