攻撃にさらされる「宗教シンボル」

キリスト教のシンボル、十字架(イタリアのフィレンツェの「サンタ・マリア・ノヴェッラ教会」の「十字架のイエス」=フィレンツェ・ガイドブックから)

ユダヤ教、キリスト教、そしてイスラム教はアブラハムを「信仰の祖」とする唯一神教だが、その信仰のシンボル(ユダヤ教のキッパ、キリスト教の十字架、イスラム教女性信者のヒジャブなど)がさまざまな理由から攻撃にさらされている。

このコラム欄で報告したが、ドイツでは目下、反ユダヤ主義の台頭に治安関係者は頭を悩ましている。4月17日、ベルリンで21歳のイスラエル人とその友人が路上でアラブ語を話す3人の男性グループから襲撃された。イスラエル人はキッパを着けていた。容疑者はシリア出身のパレスチナ人で2015年からドイツに住んでいた。

独ユダヤ人中央評議会のヨーゼフ・シュースター会長によると、ユダヤ人家庭では息子たちには、「外ではキッパを被らないか、野球帽を被ってキッパを隠すように」と、娘たちには「地下鉄では『ダビデの星』のネックレスやペンダントを隠すように」と注意している。また、今年はイスラエル建国70年を迎えたが、Tシャツにイスラエル国旗が描かれたものは着ないように呼びかけているという。すなわち、ユダヤ教を表示する如何なるシンボルも身の安全のために着用しないというのだ(「独のユダヤ人社会で高まる危機感」2018年4月27日参考)。

欧州ではキリスト教のシンボル、十字架が公表施設から追放されて久しい。ドイツでは1995年、独連邦裁判所が公共建物内の磔刑像(十字架)を違憲と判決している。

それに対し、ドイツ南部バイエルン州のマルクス・ゼーダー州首相は先月25日、州の全ての公共施設でキリスト教の十字架を掲げるようにという政令を出し、議論を呼んでいる。

難民殺到の入口、バイエルン州にとって、十字架はキリスト教のシンボルというより、ドイツ人のアイデンティティといった意味合いが強い。ゼーダー州首相自身「十字架は宗教的なシンボルではなく、文化のシンボルだ」と指摘し、公共施設での十字架の復活を主張しているわけだ。

一方、ドイツでも近年、イスラム教徒が増加し、その数は500万人とも推定されている。2015年には100万人余りの難民・移民が中東・北アフリカからドイツに入ってきた。

急増するイスラム教徒に対し、ドイツでもスカーフ着用禁止を求める声が高まってきた。スカーフ着用禁止が「宗教の自由」に違反するのではないかという批判に対して、「公共施設内でスカーフを着用することは認められない。スカーフは宗教的シンボルではなく、政治的イスラム教を表示するからだ。『宗教の自由』を蹂躙するものではない」という見解が支配的となってきている。ドイツでは既に8州で公共施設、学校内のスカーフ着用を禁止している。

イスラム教徒の増加を受け、メルケル首相は、「イスラム教はドイツ社会の一部だ」と指摘する一方、第4次メルケル政権の内相に就任したバイエルン州「キリスト教社会同盟}(CSU)出身のゼーホーファー内相は、「イスラム教はドイツ社会には入らない」と明確に主張している。同じ政権で首相と内相の間でイスラム教に対する受け取り方が180度異なるわけだ。

独民間放送RTLとN-TVが今年3月20日、21日の両日、1003人を対象に実施した世論調査結果によると、47%の国民は「イスラム教はドイツに属する」と受けとり、46%は「イスラム教はドイツ社会の一部ではない」と答えていることが明らかになった。イスラム教の受け取り方でドイツは2分化しているわけだ。

蛇足だが、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教にはそれぞれそ信仰を表示するシンボル的存在物があるが、それでは無神論者のシンボルは何だろうか。「私は無神論者です」を表示するシンボルは存在するか。カール・マルクスの「資本論」を脇に掲げ歩けば少しは分かるかもしれないが、路上に出る度に重い本を抱えるのも大変だ。

「神は存在しない」と積極的に考え、唯物的世界観を持つ人は最近、少なくなってきたが、それでも積極的無神論者と呼ばれる人はいる。彼らの中には「神はいない」運動に献身する人もいる。不可知論者やニヒリストとは異なり、彼らには常に(存在しないはずの)神が付きまとい、「神はいない」と口に出して呟かないと心が落ち着かない傾向がある。

いずれにしても、無神論者もニヒリストもその信条を表示したシンボルを持っていないから、路上で見知らぬ人から自身の世界観ゆえに攻撃されたり、否定されるといった“殉教の道”は避けられる。ただし、彼らからは“永遠の命”といった人間が本来希求する願望を捨て去った人間の底なしの淋しさが感じられる。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年5月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。