核兵器を保有した後、それを全廃した国はこれまで一国しかない。南アフリカだ。トランプ米大統領は南アフリカの核全廃方式を北朝鮮の非核化に適応しようと考え出してきた。そのため、米朝首脳会談を間近に控え、両国間で不協和音が聞かれだしたというのだ。韓国中央日報が9日、報じた内容だ。
金正恩労働党委員長は3月26日、中国の習近平国家主席と会談し、非核化について「段階的、同時進行」で実施し、「行動対行動」の原則を強調したという。一方、米国や日本は「完全かつ検証可能で不可逆的な核廃棄」(CVID)を主張し、制裁解除、経済支援などは非核化の後という路線を堅持したきた。
北朝鮮外務省は6日、「南北首脳会談で採択された板門店宣言で示したわれわれの非核化意思が、(米国の)制裁と圧力の結果であるかのように世論を操作している」(韓国聯合ニュース)と批判し、文句を言いだしている。
客観的にみれば、日米韓の対北経済制裁が北に譲歩を強いり、豊渓里の核実験場の破棄などを表明せざるを得なくなったことに間違いない。金正恩委員長にとって幸運だったことは、その時期が平昌冬季五輪大会開催と重なり、韓国の文在寅大統領の支援を受けて南北融和ムードを高めるチャンスを得たことだろう。
中央日報によると、ホワイトハウス国家安保会議(NSC)のポッティンジャー・アジア上級部長は4日、文正仁大統領統一外交安保特別補佐官らに「南アフリカモデルを検討している」と伝えたという。トランプ大統領はボルトンNSC補佐官が主張してきた「リビア方式」ではなく、一歩前に進んだ「南アフリカ方式」を北側に要求し出したというのだ。
リビア方式とは、大量破壊兵器開発計画を推進していたリビアの独裁者カダフィ大佐が当時、自国の開発計画を破棄(非核化)した後、制裁解除、経済支援などの恩恵を得るという米英らの提案を受け入れた内容だ。金正恩氏が主張する「段階的、同時進行」でも「行動対行動」原則でもない。(「北は“リビア方式”の非核化を拒否」2018年4月2日参考)。
リビアの大量破壊兵器開発計画は2003年10月、遠心分離機装置の一部を積載していたリビア向け貨物船が臨検され発覚した。それを受け、米英の制裁が実施されるなど、圧力が強まると リビアは同年末、大量破壊兵器開発計画の放棄を宣言した。 日本エネルギー経済研究所中東研究センターの報告書によると、「国際原子力機関(IAEA) 査察と同時に米・英両国の専門家による大量破壊兵器除去作業が行われ、2004年1 月に、大量破壊兵器開発関連の資機材の米国向け搬送が開始され、同年3月に完了、搬出された資機材は合計500トンに及んだ」という。
一方、南ア方式は「リビア方式」とは異なる。CVIDを実施した後、制裁解除、経済支援を実施するというリビア方式とは異なり、核全廃後のディ―ルはなく、自主的な決定だった。
南ア政権は1970年代、ソ連とキューバの支援を受けたアンゴラやモザンビークら左翼政権が伸長してきたことに懸念し、米国との連携を強化したが、米国がアフリカの紛争から手を引きだしたことに危機感を持ち、1975年に核開発を密かにスタートさせた。米ソ2大国は南アが起爆装置の実験準備していることに気づき、核開発計画の即停止を求めて圧力を行使。国連安保理事会は1977年、南アへの武器禁輸決議を採択し、同国の核開発計画に対しても懸念を表明した。
1980年代に入り、南アフリカを取り巻く政治情勢は改善したが、南アのアパルトヘイト(人種隔離政策)と核開発計画に対する国際的批判は依然続いた。P・W・ボタ大統領の後任に就任したデクラーク大統領はソ連崩壊後の1991年に核拡散防止条約(NPT)に、93年にIAEAに加盟し、核開発計画の廃棄を完了した(未確認だが、南アフリカは当時、イスラエルと連携してインド洋上で核実験を実施したという情報が流れたことがあった。南アは6個のウラン濃縮型核兵器を保有していた)。
いずれにしても、トランプ大統領が北に自発的な非核化を要求すれば、北側から抵抗が出るのは当然だろう。そこで考えられるシナリオは、北の核兵器破棄後、経済支援は韓国と日本両国が負担するという政策だ。トランプ氏がそのように考えているとすれば、日本はトランプ氏から事前に詳細なブリーフィングを求めざるを得ないだろう。
リビアや南アとは違い、北朝鮮の核開発段階は大きく前進している、6回の核実験を既に行った北朝鮮が核全廃に見返りなしで応じると考えることは難しい。その上、核兵器開発を中止したとしても、恒常的な電力不足に悩む北は、核エネルギーの平和利用のため、IAEAとの間で締結するセーフガード(保障措置)下で寧辺核関連施設の活動は続けることになるはずだ。
とりわけ、イラン核合意でもそうだったが、トランプ大統領は北側に核開発中止だけではなく、弾道ミサイル開発や他の大量破壊兵器開発の中止を求め出している。米朝首脳会談の開催日が近づくのにつれ、両首脳の前のハードルは次第に高くなってきているわけだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年5月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。