私たちが水族館を訪れた際、すべての魚を観察はしないし詳細な解説を読むこともない。水族館を訪れる人の多くは水族館という場を楽しみに来ているのである。なかには、水塊の美しい水族館もある。歩くだけでそこには、青い水の塊の圧倒的な存在感が出現する。ところが、本書のモデルになっている竹島水族館(愛知県)に水塊は存在しない。
水族館プロデューサーの中村元さんは、「水塊のかけらもない超ショボイ水族館」と表現する。さらに、「ここでは読まれないはずの解説が読まれ、見られないはずの生物たちが目を輝かせて注視される」と。今回は、『へんなおさかな 竹島水族館の「魚歴書」』(あさ出版)/小林龍二(著)、竹島水族館スタッフ(編集)を紹介したい。
竹島水族館の人気は、読んで楽しく生物のことがほっこリ好きになる手書きの解説板にある。ツイッターやフェイスブックで大反響になった、変な水族館がつくった日本一変な魚の説明書!の一部を紹介したい。思わずギョツとするに違いない。
「魚歴書」とはなんなのか
竹島水族館は1956年生まれ。汽車窓のような小さな水槽がならぶ小さな水族館で、水族館界の昭和遺産とでも称すべき存在だ。特別に人気のある生物がいるわけでもない。では、この水族館の売りとはなんだろうか?それは、館長をはじめとした飼育スタッフ。彼らが 生物を親しい友人のごとく紹介する解説が素晴らしいクオリティを演出している。
その解説が「魚歴書」である。人間の履歴書と同じ意味を持つが、85種の海の生物の生態や性格を、ユーモラスなイラストとともに紹介している。さらに、漢字にふりがながたくさんついているので、小さい子も読みやすい。
では、魚歴書について説明をしたい。魚歴書は、每日水族館で生き物とつきあう飼育スタッフが、お客さんに魚たちのことをもっと知ってもらいたくてつくった魚の説明書。事実、竹島水族館にある魚歴書や、解説カンバンには難しいことはほとんど書いかれていない。こいつはエビが好きでほかのエサを食べずに困っているとか、飼育スタッフにどこでスカウトされたとか、食べても不味いとか、そんな情報ばかりである。
魚に詳しくない人でも、魚を好きになって興味をもってもらうための内容に仕上がっている。ヒゲがはえた魚、イチゴがらのパンツをはいた魚、食べすぎて死んでしまう魚…。どの魚もへんな顔をしていたり、へんな性格や名前だったりするが、 一生懸命生きていて、とってもかわいい!こんな変な魚の世界が繰り広げられる。
竹島水族館館長の小林さんは、魚歴書ができた経緯を次のように説明している。「お客さんに伝えたいことはあっても、そのときは、あたらしくキレイな解説パネルをつくるお金がありませんでした。だったらもう、すぐに手に入って安い画用紙に、好きなことをおもしろく書いた解説パネルをつくろう! と、生まれたのが『魚歴書』や『解説カンバン』だったのです」。アイデア次第で可能性は拡がっていく。
魚歴書から見えるもの
ここで、チンアナゴの魚歴書を紹介したい。以下、解説文は引用。
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最近カクレクマノミの人気を追いぬくくらい有名になりチャホヤされて調子に乗っているので「チン・あな・GO!」などと下ネタを言って地位を下げてやろうとしている。しかしそんなことを言うボクは嫌われて、この魚はかなり人気。砂の中から顔だけ出して、キョロキョロ見回すすがたはかわいいけど、砂から体がすべて出ると長くて細くて気持ち悪いんだぞ!
なまえ:チンアナゴ
年齢:秘密主義
住所:あたたかい海の砂地
職歴:チンアナゴ協会会長、チンアナゴゴレンジャーホワイト、砂地でウネウネしていた所、捕獲され、問屋を経由してたけすい(竹島水族館)からスカウトされる。
資格:ウネウネ選手権3位、ドット柄コーディネーター、プランクトン早食い大会3位
性格・趣味・特技:とてもシャイな性格でおどろくと砂に瞬時に潜っちゃいます。趣味・特技はミョキミョキ・ウネウネをすること。
好きなエサ・嫌いなエサ:
小さな小さなエビやプランクトン、あたたかい海水でサラサラな砂を厚く入れてもらえると落ち着いて潜れます。小心者なので、おどろかない静かな環境が良いです。
お客さんに何を希望しますか:
ボクの名前を呼ぶ時に、チンを強調したり、チンで区切らないようにしてください。
--ここまで--
魚のなにを書けば面白いか。どうすればお客さんが楽しく読めて、記憶にのこる思い出になるのか。よく考えられていているようには思わないだろうか?親子の楽しい会話や笑顔が目に浮かぶようだ。読めばギョッとする変な本。家族団らんにおススメしたい。
尾藤克之
コラムニスト