リスクカルチャーの醸成

リスクアペタイトフレームワークでは、原点において、金融機関の固有の事業目的と戦略を遂行するために、自覚的にとるべきリスクが定義される。この本源的リスクテイクから様々なリスクが派生するが、本源的リスクテイクにおけるリスクと、派生リスクとの間に、階層の差、次元の差があることが重要である。従来のリスク管理の欠点は、この階層の差を自覚的にとらえていなかったことから、本源的リスクテイクのリスクまで相対化されてしまったことなのである。

加えて、リスクアペタイトフレームワークでは、画一的な数量化を排して、リスクの質の差や数量化できないリスクにも着目すべきとされており、また、過去の延長としての静的未来ではなく、未来固有の動態もとり込もうとしている。

ただし、従来の画一的数値管理の適用は極めて客観的で、故に、ガバナンスに大きく依存せずに、確実な履行を実現できるという利点があったが、リスクアペタイトフレームワークでは、質的なリスクのとり込みや、フォワードルッキングな視点の導入など、人間の経験、知識、判断力等に依存する高度なガバナンスを想定するほかない。それがリスクカルチャーの醸成である。

社会規範において、例えば、悪いことの悪さを数量化することも、悪いことを列挙してリスト化することも意味をなさない。にもかかわらず、悪いことは、客観性をもって、社会規範として、構成員に共有されている。人間は、重畳的に多数の社会に属しており、上は、人類普遍の規範から、下は、家族内だけの規範まで、それぞれの社会で、それぞれにおける規範を共有している。しかも、人間は、いつ、どこにいようとも、そこで、どの規範が適用になるかを正確に認識している。

同様に、おいしさ、美しさ、礼儀正しさ、良さなどの様々な価値について、共有が成立する様々な範囲がある。それが文化、カルチャーである。価値の共有なくして、カルチャーは成立しないし、また、一つのカルチャーのなかでは、定義の記述や量的基準のような客観的指標なくして、共有されるべき価値は客観的に明瞭なのである。

ならば、リスクについても、カルチャーを成立させることは可能なのか、リスクについて、良し・悪し、おいしい・まずい、美しい・醜いといった価値判断を、一つの金融機関という組織のなかで、カルチャーとして成立させ、定義の記述や量的基準なくしても、客観的なものとして機能させ得るのか、そして、多種多様なリスクの混淆から、良く、おいしく、美しく秩序立てられたリスクの体系を、組織員の自然な協働により、構築できるのか。

この困難な課題への挑戦こそ、リスクカルチャーの醸成といわれるものであり、それがリスクアペタイトフレームワークの中核を形成するのである。

 

森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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