トランプ大統領の「米朝首脳会談キャンセル書簡」を読み解く(特別寄稿)

渡瀬 裕哉

記者会見するトランプ大統領(ツイッターより:編集部)

筆者はトランプ大統領が金正恩に送った書簡を受けて、北朝鮮との外交交渉を断念した、または北朝鮮に対して今後も何も妥協しない、とは考えていません。むしろ、中間選挙の選挙成果を見据えると、トランプ大統領は外交成果を必要としているため、金正恩との何らかの現状以上ディールをまとめることを迫られていると思います。

ホワイトハウス公式サイトより:編集部

現状では、トランプ大統領がイランの核合意見直しを決断した結果、米国の外交・軍事リソースが中東方面に割かれることが確定的となり、北朝鮮は中国と結託して段階的な非核化を主張するようになるとともに再び強気のブラフを述べるようになっていました。

つまり、金正恩は「北朝鮮とのディールをまとめたいトランプ政権」に対して融和的な態度を示して油断させ、米国をイランの核合意見直しに米朝首脳会談前に踏み切らせる罠にかけて、中国と一緒に米国に一杯食わせることに成功していました。トランプ大統領が中国が北朝鮮の背後にいること(&中国の北朝鮮制裁が緩くなってきていること)を臭わせている理由はまさにこの状況を指しているものと推定されます。

実際、米国を嵌めるために5月頭には北朝鮮は米国人の人質を解放する具体的な動きを見せて、その後イラン核合意見直しとほぼ同時に米国に人質を引き渡してさえいます。

米国人の人質解放に伴う北朝鮮のジェスチャーによって明らかに油断していたトランプ政権でしたが、今回の書簡では「北朝鮮にしてやられた状況」を正しく認識し、逆に北朝鮮に対して主導権を取り戻す一撃を加えることになりました。

トランプ大統領が金正恩に送った書簡の中で解放された人質について触れた

「In the meantime, I want to thank you for the release of the hostages who are now home with their families. That was a beautiful gesture and was very much appreciated.」

こそが同書簡の肝です。

これは一見してトランプ大統領が金正恩に友好的な態度を示したように見えますが、金正恩にとっては最も政治的に致命的な打撃になりかねない一文でもあります。

この書簡が北朝鮮に送られたタイミングは核実験場の爆破と同日であり、そして金正恩は米国をその気にさせるために前述の通り米国の人質を既に解放してしまっています。現段階で自らの行い(直近の声明文等)が理由で米国から何も引き出せないで終わることになった場合、それらを主導した金正恩の北朝鮮における権威は失墜します。つまり、トランプ大統領が同書簡を送ったことで、金正恩にとって米国を嵌めるために使用した手札が今度は自分の政治的な立場を脅かすものに変質してしまったのです。

したがって、

「トランプが北朝鮮を屈服させた(一連の人質に関する北朝鮮のジェスチャー開始)」

→「(イラン核合意見直し後に)北朝鮮が中国と組んで段階的非核化を主張」

→「(人質解放&実験施設爆破後に)トランプが金正恩に対して会談キャンセル書簡を送る」(←イマココ)

という主導権争いが両者の間で行われていることになります。

トランプ大統領としては対北朝鮮交渉を選挙の手柄にするためには、北朝鮮に主導権がある状況ではなく、自分に主導権があるように見せる必要があるので、書簡一本で見事に立場を逆転して見せたということになります。筆者はトランプ大統領の絶妙な切り返しによる「芸術的なディール(取引)」に非常に感銘させられました。

トランプ大統領の書簡の一部は昨年のような売り言葉に買い言葉の部分があるものの、全体的に金正恩に対して友好的なトーンとなっています。この書簡を受けてトランプが金正恩と会談する気もなければ何も妥協する気もない、と結論することは間違っているものと推定されます。

対北朝鮮の交渉の主導権は再び米国に移ったものの、トランプ大統領を取り巻く国際情勢・国内情勢は非常に厳しい状況であり、トランプ大統領が選挙までに国際交渉をどのように仕上げていくのか非常に楽しみになってきました。

トランプの黒幕 日本人が知らない共和党保守派の正体
渡瀬裕哉
祥伝社
2017-04-01

 

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