アイルランド社会のダムが崩れた!中絶禁止条項撤廃へ

アイルランドの国民投票の結果に失望するバチカンの家庭評議会議長ビンチェンツォ・パリア 大司教 2018年5月26日、バチカン・ニュースから

アイルランドで25日、人工妊娠中絶を禁止してきた憲法条項(1983年施行)の撤廃の是非を問う国民投票が実施され、結果が26日明らかになった。賛成66.4%、反対33.6%で人工妊娠中絶を禁止した憲法条項の撤廃が賛成多数で支持された。投票率は約64%だった。

結果はある意味で予想されたことだが、人工妊娠中絶の禁止を主張してきたアイルランドのローマ・カトリック教会にとって「歴史的敗北の日」となった。同国の教会最高指導者、ダブリンのディアミド・マーティン大司教は、「中絶問題で絶対譲歩しない。教会は今後とも胎児の保護のために戦う」と述べている。

バチカン・ニュースは26日、「かつてはカトリック国だったアイルランドで最後のタブーの一つが落ちた」と報じた。「生命のための法王アカデミー」会長で家庭評議会議長のビンチェンツォ・パリア 大司教は、「アイルランドの国民投票の結果は死をもたらす中絶という仕事を容易にさせるだけで喜ぶべきことではない」と指摘し、「我々は生命を守るだけではなく、その尊さを奨励しなければならない」と檄を飛ばしている。

一方、同性愛者であることを公表して話題を呼んだ同国のレオ・バラッカー首相(39)は26日、ツイッターで「新しい歴史を開いた」と国民投票の結果を歓迎した。

国民投票の結果、「母親と胎児は生命の権利では同等」と明記された憲法条項が撤廃されることになる。不明な点は、人工妊娠中絶がどの程度合法化されるかだ。政府は国民投票の結果を重視し、年内に新中絶法をまとめる予定だ。メディアの報道によれば、「受胎後12週間はいつでも中絶でき、それ以降は医学的理由があれば認められる」という内容になるという。

国民投票の結果をみると、世代間で大きな相違がある。65歳以上の高齢者は人工妊娠中絶の合法化に繋がる憲法条項の撤廃に反対が多かった一方、18歳から24歳の青年層は逆に賛成票が多数を占めた。中絶反対派は、「人工妊娠中絶の禁止を明記した憲法条項の撤廃は一種のダム崩壊をもたらし、中絶の完全合法化の道を開く契機となる」と懸念を表明。一方、中絶の合法化を主張する人々は「厳格な中絶禁止条項は過去、中絶件数を減少させなかった。中絶するために外国に旅行する国民が増えただけだ」と反論してきた。

アイルランドではこれまで中絶は母体が生命の危機にある時だけに限られていた。暴行を受けて妊娠した場合も中絶は認められないし、胎児の発育に問題が見つかったとしても中絶は認められなかった。そのため、国際社会からアイルランドの中絶禁止法に対する批判の声が絶えなかった。国連人権理事会はアイルランドの中絶禁止法は人権蹂躙だ」と批判し、その見直しを要求してきた。

アイルランドは久しくローマ・カトリック教国といわれ、教会は国民の生活の隅々まで干渉してきた。中絶問題では厳格な対応を国民に要求してきたが、同国教会の聖職者による未成年者への性的虐待が発覚し、教会は国民の信頼を急速に失っていった。今回の国民投票で教会が歴史的敗北を喫した背後には、国民の間のカトリック教会への強い不信感と反発があったことを示している。

なお、フランシスコ法王は8月25日、ダブリンで開催される第9回「世界家庭集会(8月21~26日)」に参加するためアイルランドを訪問する。ちなみに、アイルランド教会聖職者の未成年者への性犯罪を調査してきた政府調査委員会は2009年11月、その調査結果を公表し、聖職者の性犯罪の多さに大きな衝撃を投じたことはまだ記憶に新しい(「アイルランド教会聖職者の性犯罪」2009年12月15日参考)。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年5月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。