リスクを語る共通言語の形成

リスクアペタイトフレームワークの中核を形成するものは、リスクカルチャーの醸成である。カルチャーとは、様々な価値について共有が成立する範囲のことである。逆に、価値の共有なくして、カルチャーは成立しないし、また、一つのカルチャーのなかでは、定義の記述や量的基準のような客観的指標なくして、共有されるべき価値は客観的に明瞭なのである。

リスクカルチャーにおいては、諸リスクについて、良し・悪し、おいしい・まずい、美しい・醜いといった価値判断を一つの金融機関という組織のなかでカルチャーとして成立させ、定義の記述や量的基準なくしても、客観的なものとして機能させ、そして、多種多様なリスクの混淆から、良く、おいしく、美しく秩序立てられたリスクの体系を組織員の自然な協働により構築するのである。

この困難な課題への挑戦の第一歩は、リスクを語るための共通言語の制定である。言語こそ、カルチャーの象徴であり、美しいという言葉で、同じ美しさを共有するからこそ、カルチャーが成立するわけである。しかし、言語ほど、制定という概念に馴染まないものもない。言語は、自然に成立し、自然に共有されるからこそ、言語であり、だからこそ、カルチャーの象徴だからである。

組織内において、リスクを語る共通言語は不可欠である。しかし、その共通言語を人工的に制定することは、リスクの定義を記述し、量的基準を策定するのと同じことになり、リスクカルチャーの醸成にはならない。故に、共通言語が自然に生まれるような組織風土の構築こそ、先決問題であるといわざるを得ないのである。

では、どうすれば、共通言語が自然に生まれるような組織風土を構築できるのか。そのような愚劣な問いを発する金融機関の経営者は、直ちに退任すべきである。なぜなら、経営者の職責は、第一に、自己の本源的リスクテイクの対象を明確に特定すること、第二に、組織風土改革を通じて、リスクカルチャーを醸成すること、この二つ以外にないからである。

そうはいっても、残念ながら、この二つを実行できる経営者は、今の日本の金融界には数えるほどしかいない。ただし、金融庁の森信親長官は、金融庁の本源的機能を明確化し、その執行を確かなものならしめるべく、金融庁の徹底した組織風土改革を推進しているという意味で、その稀有な一人に数えるべきである。

 

森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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