「完全な非核化」と「完全な体制保証」

長谷川 良

トランプ米大統領と北朝鮮朝鮮労働党の金正恩委員長は今月、シンガポールで歴史初の米朝首脳会談を行う可能性が高まってきたが、その主要議題で依然、米朝間でコンセンサスが出来上がっていないという。

▲米韓首脳会談 2018年5月23日、ホワイトハウスで 韓国大統領府公式サイトから

▲米韓首脳会談 2018年5月23日、ホワイトハウスで 韓国大統領府公式サイトから

韓国中央日報は5月30日の社説で、「米国は『完全かつ検証可能で不可逆的な核廃棄』(CVID)を北側に要求する一方、北側は米国に、『完全かつ検証可能で不可逆的な体制保証』(CVIG)を求めている」と両者の立場を説明している。英語の略字では「D」と「G」の一文字が違うだけだが、米朝は相互に譲らず、激しい主導権争いを展開させているわけだ。

そこで今回は頭を整理したい。

先ずは「北の非核化」だ。このコラム欄でも数回、非核化のシナリオを紹介してきた。簡単にまとめると、
①リビア方式(「北が“リビア方式”の非核化を拒否」2018年4月2日参考)、
②南アフリカ方式(「北の非核化は南アフリカ方式で?」2018年5月11日参考)、
③仮想「非核化」(「金正恩氏の“究極の非核化構想”とは」2018年5月28日参考)の3通りだ。

北はリビア方式には最初から拒絶反応を示し、②は非核化の背景、動機で異なり、③は目下、考えられる現実的なシナリオだ。

次は、「北の体制保証」だ。①米国は北への軍事介入、体制崩壊を模索しない、②米国は北の体制保証に関する何らかの外交文書をまとめる。ちなみに、金正恩氏がいう「体制の保証」とは、米海軍特殊部隊(ネイビーシールズ)による「金正恩斬首作戦」の中止を意味するだけではなく、朝鮮半島全体の非核化だ。朝鮮半島に駐留する米軍の撤退もアジェンダとして浮上してくる。米軍のプレゼンスは北にとって体制への脅威と受け取っているからだ。③状況次第では金正恩氏ら金ファミリーの身の安全を保証。必要ならば第3国亡命を認める(「金正恩体制の保証を誰がするのか」2018年5月20日参考)。

「北の非核化」は主に技術的な問題だ。検証可能で不可逆的な対応がテーマとなる。一方、「北の体制保証」は多くは外交上の問題であり、そこに一部軍事問題が絡まってくるテーマだ。

換言すれば、米国が重視する「D」の問題を技術的テーマとすれば、北が執拗に要求する「G」は外交上のテーマということになる。米朝両国がディールしている問題は、「D」を最初に解決してから「Gを含む他のテーマに取り組むか、その逆か、同時進行かの3シナリオについてだ。

ところで、トランプ氏はCVIDを最優先し、制裁解除、経済支援は「その後だ」と主張してきた。一方、金正恩氏は「行動対行動」の原則を強調し、同時進行を要求してきた。しかし、トランプ氏はここにきてCVIDとCVIGをリンクさせてきた。すなわち、米国は「D」と「G」を同時に取り扱うことに一定の理解を見せてきたわけだ。

それに対し、北は5月9日、ポンぺオ米国務長官の訪朝時に3人の米国人人質を解放し、同月25日には北東部豊渓里にある核実験場の坑道を爆破するなど、米国側に北の“善意”を発信している。要するに、米朝両国は米朝首脳会談を開催する意思があることを表示してきたわけだ。

6月に入った。米朝首脳会談が予定通り開催されるとすれば、あと2週間もない。「不可測性」のトランプ氏と「瀬戸際外交の伝統」を引き継ぐ金正恩氏だけに、両者がシンガポールで会合した時、どのような展開が飛び出してくるか誰も予想できない。英語圏では「神のみぞ知る」(God only knows)という表現があるが、朝鮮半島の行方は文字通り、神のみぞ知る状況となってきた。

蛇足だが、米が要求してきたCVIDが完全に履行されたならば、金正恩氏が願ってきたCVIGは実現不能となり、逆に、CVIGが完全に履行された暁には、完全なCVIDはもはや期待できなくなるのではないか、という問題だ。なぜならば、CVIDとCVIGが同時に完全に実現できるという状況は米朝双方にとって理想的かもしれないが、現在の朝鮮半島では非現実的なシナリオだからだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年6月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。