6月1日をもって、スペインではペドロ・サンチェス首相が誕生した。
欧州連合(EU)の中で英国が抜けると、スペインはGDPにおいてドイツ、フランス、イタリアの次ぎに4位の国となる。スペインの失業率は依然高くギリシャに次いで2番目にあり、昨年は16.5%であった。
国民党(PP)のマリアノ・ラホイ前首相が2011年12月に政権に就いてから、上下院で過半数の議席を基に安定政権を堅持していた。その前政権の社会労働党がバブル景気の崩壊の影響でスペイン経済は強度の低迷にあったことから、ラホイ前首相に期待して過半数の議席を託したのであった。
ラホイ前政権は4年目にしてGDPが上向き始めた。そして、昨年は3.3%の成長を果たし、今年も3%の成長が見込まれている。成長の要因は、ラホイはメルケル独首相に忠実で、ドイツが主張する緊縮策を徹底して適用した結果である。しかし、緊縮策の影響で広範囲にわたって公共投資が大幅に削減された。その影響を受けた多くの国民は政府の緊縮策に不満で、2016年の総選挙では国民党は過半数の議席を失った。
過半数の議席を失ったとは言え、スペインでは雇用を生むにはGDPで最低2%の成長が必要だとされていることからも予測できるように、2015年のGDP3.4%の成長を境目に雇用の創出も僅かづつではあるが見られるようになっている。雇用の質は良いとは言えないが、20%を越える失業率を記録していた時に比べ好転している。
ラホイ前首相が社会労働党から政権を引き継いだ時に、スペインが抱えていた経済事情は深刻で、一度EUに金融支援も要請した。しかし、ラホイは政権運営に問題ありとしながらも、経済の成長に貢献したのは確かである。
ところが、国民が政府与党への不信を次第に募らせて行くようになったのは、汚職問題からである。国民党に籍を置いていた元国会議員や地方自治体の首長の汚職がメディアで盛んに取り上げられるようになったのである。それが国民党への支持に減少を導くようになっていた。
同様に、カタルーニャの独立問題に絡んで政府の対応の甘さにも国民は不満を表明するようになっていた。
更に、マドリード、ムルシア、バレンシアのそれぞれの自治州でも政権を担っていた国民党の汚職がメディアを通して明るみになって行った。
国民党の汚職がメディアで取り上げられる度に、同党の支持率は下がって行った。
マドリード州の国民党出身の州知事が学歴を偽造していたことが判明して辞任せねばならなくなったという出来事もあった。
5月25日に野党第一党社会労働党のペドロ・サンチェス党首によって、内閣不信任案が提出される寸前の主要4党の支持率はシウダダノス28.6%、社会労働党20.6%、ポデーモス19.7%、国民党19.6%となって、政府与党が4党で一番低い支持率にまで落ち込み、予想だと仮に今総選挙が実施されると現行の議席数の半分を失う可能性があるというほど悲惨な状態にあったのである。
シウダダノスはカタルーニャで2006年に誕生して中道右派の政党で「スペイン人であり、カタラン人でもある」という考えを基に、カタルーニャの独立運動に反対するスペインを擁護する政党として急激に支持者を伸ばしている。
国民党の支持者の凡そ310万人がシウダダノスの支持に回ったと予測されている。それは支持率で凡そ13%上乗せすることを意味するものである。次期政権はシウダダノスだと予測されていた。
シウダダノスが急成長している陰で、伸び悩んでいたのが社会労働党である。期待されて党首になったペドロ・サンチェス氏への信頼も次第に失うようになっていた。
また、ポピュリズム政党のポデーモスも支持者が少し減少していた。
5月24日、支持率が伸びない社会労働党に棚から牡丹餅が転がり込んで来たのである。その日に、スペインで最大規模の汚職の判決が下ったのである。29人に有罪、彼らの懲役年数を合わせると351年、罰金の合計額は1億560万ユーロ(137億円)という判決。しかも、有罪の判決を受けた人物の多くが国民党の元国会議員或いは地方自治体の首長だったのである。
懲役期間の最高は国民党と企業の間の仲介をやっていたフランシスコ・コレアに科せられた51年11カ月で罰金610万ユーロ(7億9000万円)であった。この人物は企業から手数料を取り、その大半を国民党の関係議員に渡し、そして手数料を払った企業が公共事業の受注が出来るように計らっていたブローカーの役をこなしていた人物である。一方、国民党の元議員で最高の刑は党の経理を担当していたルイス・バルセロナで懲役33年4カ月と罰金4400万ユーロ(57億2000万円)が科せられた。
これを絶好のチャンスと見た社会労働党はラホイ内閣への不信任案を提出することに決めたのである。社会労働党が主導し、ポデーモスが全議席でもって応援するということになった。
しかし、社会労働党84議席にポデーモスの67議席を加えても過半数の176議席には25議席足らないという問題があった。しかし、彼らに6つの少数政党が加わることになったのである。その中にはバスク独立政党やカタルーニャ独立政党も加わった。即ち、可決されれば、この独立政党に見返りも必要となる。その中でもバスク国民党は1週間前には国民党政府の2018年度予算に賛成に回っていたのである。
理由は、その予算の中にバスク州へ5億4000万ユーロ(700億円)の投資が盛り込まれていたからである。ところが、今度は反旗を翻して不信任案の賛成に回ると事にしたのであった。理由は、社会労働党が政権に就いた暁にはこの投資を約束したからである。バスク国民党は政府がカタルーニャの自治機能を中断させたことにも反対を表明しており、ラホイが辞任して党内から別の人物を首相に立てるのであれば、不信任案に反対する意向も示していた。政権が突如変わることを望んでいなかったからである。しかし、ラホイは辞任する理由はないとしてそれを否定した。しかも、仮に別の首相候補者を立てても議会で信認されるには今回不信任案の反対のシウダダノスに少数政党の3議席にバスク国民党5議席を加えてもまだ2議席たらないからである。
結局、バスク国民党も不信任案の賛成に回るということで、ラホイ首相は敗戦することを認めたのである。この政党は5議席あり、今回の不信任案は180議席で可決したが、バスク国民党の5議席が反対に回っていたら不信任案の賛成は175議席で過半数に1票たらず否決されていたのである。
ペドロ・サンチェスが首相になったが、前途は多難。定員350議席の下院で84議席では政権の運営は不可能である。ポデーモスが入閣したいと言っているが、社会労働党の執行部はそれに反対している。しかも、ポピュリズム政党が政権に加われば企業からの不信感も強くなる。大体、ポピュリスム政党が政権に就いて上手く行ったケースがない。ギリシャのシリザはその典型である。アルゼンチンでもフェルナンデス前大統領のポピュリズム政権がアルゼンチン経済を疲弊させた。
社会労働党の重鎮は10月頃に前倒し総選挙をすべきだと言っている。世論調査で53%の国民もそれを望んでいるという。
バスクとカタルーニャの独立政党も議案の可決に政府の譲歩を要求して来る。84議席の与党では、自党の議席数以上の議席を集めないと議案が可決しないのである。しかも、上院は今も国民党が過半数の議席を占めている。
この様な逆境下で安定した政権を運営して行くのは不可能である。一度総選挙を実施して、それでも政権を担うことが単独で可能であれば政権を担い、連立政権が必要であればシウダダノスとの連立政権も可能であろう。実際、両党は一度連携したこともある。今総選挙をすれば上院で国民党が過半数の議席を占めることはまずないはずである。
この儘政権を維持しようとすれば、政権運営は困難になるのは必至で、その時に今度は国民党とシウダダノスが連携してサンチェス内閣不信任案を提出する可能性も充分にある。
スペインは1978年に議会制民主主義が施行されてから、どの首相も長期政権が続き、ラホイ前首相を含めて僅か6人の首相が存在しているだけである。しかし、サンチェス新首相の任期は現状の儘であれば非常に短命であろう。