日本銀行ワーキングペーパーシリーズと題されたレポートが日銀のサイトにアップされている。このなかに6月12日にアップされた、『「分からない」という回答から分かること?』とタイトルされたレポートがアップされた。面白い着目点である。
このレポートの趣旨としては、『短観の「物価見通し」における「分からない」という回答の中から、真の意味では「分かる」と推察される回答を機械学習の手法を用いて識別する』というものである。
『一般に、アンケート調査における「分からない」という回答には、次のふたつのケースがある。ひとつは、「分かる」と「分からない」との間の線引きが明確な場合である。たとえば、「量子コンピュータの仕組みを知っていますか?」という質問に対する「分からない」という回答がこれにあたる。』
『もうひとつのケースは、「分かる」と「分からない」との間の線引きがいくらか曖昧な場合である。たとえば、「2018年のワールドカップの優勝国はどこになると思いますか?」という質問に対する「分からない」という回答がこれにあたる。後者のケースでは、「分からない」という回答と「ブラジル」という回答を異なる回答とみなすかどうかは、議論の余地がある。』
ワールドカップの優勝国予想については選択肢が32しかない。世界ランキングも発表されている。まったくサッカーに興味がない人であれば「分からない」と答えるかもしれないが、ドイツやブラジルと答える人が多いであろうことは容易に想像しうる。
これに対して「量子コンピュータの仕組みを知っていますか?」という問いに対して、「分からない」という回答をする人が多いであろう。
それでは短観の「物価見通し」については、上記の事例のどちらか該当するであろうか。短観とは企業に調査票を送って答えてもらうものであり、基本的に企業経営者が答えているはずのものである。それでは企業経営者にとって、物価の予想は「ワールドカップの優勝国予想」のような容易なものなのか、それとも「量子コンピュータの仕組み」のようなものなのであろうか。
短観では「自社の販売価格」も聞いている。こちらについては当然ながら企業も予想を立てる必要がある。そうでなければ年度の計画、もしくは長期計画などが立てられない。この「自社の販売価格」の予想を参考にして「物価見通し」も回答するということは考えられる。
しかし、自社の販売価格はあくまで物価のほんの一部にすぎず、それで物価全体を見通すことは難しい。企業経営者であっても、物価はワールドカップの優勝国予想のように比較的容易に見通せるもの ではないはずである。
日本の消費者物価指数はどのような構成要素となっているのかをご存じであろうか。かなり専門的な人でなければ、それは答えられないはずである。たとえば、日本の消費者物価指数には帰属家賃が大きく影響しているとされるが、それについて的確に答えられる人も少ないのではなかろうか。
このように消費者物価指数の仕組みについては、ワールドカップの優勝国予想のごとく容易に答えられるものではない。これは「量子コンピュータの仕組みを知っていますか?」という問いに近いものであると思う。
それでは日銀が大胆に国債やETFなどを買えば、どのようにして消費者物価は上がるのか。これについてもその経路を具体的に説明することは困難となる。金融市場の資金量が増加すれば、単純に物価が上がるものではないことは、この5年間で日銀が証明してきた。
日銀の黒田総裁は20日にポルトガルのシントラで開かれた欧州中央銀行(ECB)のパネルディスカッションで、3%の賃上げを求める政府の要請はかなり適切だと指摘したが、この背景には、日銀の物価目標の達成に向けては、現状よりはるかに高い年3%ペースでの賃金引き上げが必要との認識を示した。
日銀はやることをやったので、あとは企業経営者の努力次第ということになのであろうか。企業経営者にとり、何故賃金を抑制しているのかは一番わかっているはずである。企業経営者にとってはワールドカップの優勝国予想のように、賃金をなかなか引き上げられない理由を説明することができるであろう。しかし、日銀の異次元緩和によって物価目標達成させるため、結果として賃金を引き上げなければならないのかについては疑問を呈するのではなかろうか。
編集部より:この記事は、久保田博幸氏のブログ「牛さん熊さんブログ」2018年6月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。