金融のリスクカルチャーを支える現場の誇り

金融においては、顧客、まさに本源的リスクテイクの対象であるはずの顧客を見失ってきた。その結果、技術的なリスク管理のもとで、顧客の視点でのリスクテイクが抑圧され、場合によっては否定されてしまうという倒錯を招いてきたのである。ここに、金融の危機の本質がある。さて、顧客の視点での価値創造は、現場においてしかなされ得ない。故に、危機脱却の鍵は現場の復権である。

もちろん、リスク管理の健全なる牽制機能、あるいは本部統制は必要だが、決定はあくまでも現場のものであり、リスク管理は意見にとどまるべきものである。現場は、リスク管理の意見に対して闘争心をもって反論していく過程で、リスクの所在について、より深い認識をもっていく、この動態こそ、価値創造であり、活きたリスク管理なのである。

顧客の視点でリスクテイクをする能力の低下は、収益性の低下に直結してきた。それに対して、金融機関は、リスクテイクの再強化で対応すべきところ、逆に、そこからの逸脱として、非本源的リスクテイクによる利益獲得に傾斜していった。残念なことに、こうした逸脱の事例は数多あって、なかでも、顧客の利益に反した投資信託や保険の販売、必要性を超えたカードローンやアパートローンの膨張などは、金融庁が特別に問題視してきたものである。

こうした問題事象は、表面的には、現場からの提案で行われたのだろうが、より根源的な理由は、収益の辻褄合わせを強力に主導した経営のあり方にある。現場の潜在的能力を、こうした逸脱のために濫用してきた経営のあり方について、金融庁の森長官は、「もったいない」という表現を用いたことがある。

確かに、もったいないことだが、現場は疑問を抱かなかったのか。疑問をもつなら、経営に対する批判の声をあげるべきではなかったのか。もしも、経営者から末端の職員まで、金融の社会的機能の実現に人間としての誇りを感じるなら、誇りを傷つける逸脱に対しては、必ず、どこかで、誰かが、誇りを守り、自己実現するために、闘争を起こすはずである。そのような緊張感ある組織でない限り、逸脱は阻止できない。事実、厳格だといわれた従来のリスク管理は、阻止に全く無力であったのだ。

この経営風土の確立がリスクカルチャーの醸成といわれることの本質である。その要諦は、とるべき本源的リスク、最小化すべき付随リスク、決してとってはいけない非本源的リスクについて、組織の全体において、空気のようなものとして、共通の認識が確立していることにつきる。そして、リスクカルチャーを常に活きたものとして醸成する鍵は、顧客の利益のために、誇りを守るために、自己実現のために闘争する精神を構成員が共有していることなのである。

 

森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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