標準療法と個別化療法②

土曜日は、午前530に家を出て札幌に行き、日曜日は午前630分にホテルを出て羽田に戻った。今朝は午前6時前に家を出て、羽田空港の国際線まで電車を乗り継ぎ、今、ソウルにいる。シカゴに行く前の生活に戻ったようだ。体はきついが、土曜日の夜は中村研究室出身の北海道在住者13名が集まってくれて同窓会をし、楽しいひと時を過ごした。大学に残って頑張っている人、地域医療に貢献している人など、それぞれの責任は異なっているが、成長してたくましくなった顔を見て頼もしく思った。彼らが患者の会と協力してがん医療を変革してくれることを願っている。 

そして、前々回の「標準療法と個別化療法」の話題に戻る。この話題に関連する岩手医科大学の藤岡先生と木曜日の夜に食事をしながら、あの時、もう少し頑張っていればと後悔が残った。研究内容は以下の通りだ。膀胱がんの標準化学療法として4つの抗がん剤併用のMVAC療法があったが、2剤併用のCaG療法が少し効果が高く、副作用も軽度だったので、CaG療法に置き換わった。藤岡先生のグループと我々の共同研究で、15年前からMVAC療法の効果予測法を研究していた。遺伝子の発現情報を元に、効きそうな患者群を見つける方法を発表した。ちょうどその頃、CaG療法の結果が報告され、標準療法が代わっていった。

しかし、CaG療法についても検証し、MVAC療法に効きそうな患者さんと、CaG療法に効きそうな患者さんが、重なるのかどうか調べた。その結果、両群がなり異なる可能性が示唆された。下図は、まだ、エビデンスとは認めてもらえないが、おおよその分類だ。CaGに効果があると期待されるのが57%MAVACに効果があると期待されるのが43%で、重なり(どちらに対しても効果があると期待される)が26%である。標準療法としてCaG治療を受けると57%の患者さんは効果が期待できるが、17%の患者さんが最適の治療法を受けられなくなる可能性がある。26%の患者さんは両方に効果が期待できない。

 しかし、標準療法が絶対的に正しいと信じている信者には、このような科学的思考法が受け入れられないのが実情だ。がんゲノム医療として、分子標的治療薬を使い分けようとしているのに、旧来の抗がん剤治療は、集団で求めた結果を科学的な標準療法として、絶対服従を強要している。頭の中が、支離滅裂だ。旧来の抗がん剤治療でも、患者さんの臨床情報とゲノム情報を組み合わせれば、薬剤の使い分けができ、最適の治療法を受けるシステムの確立と意味のない無駄な治療法の回避ができるはずだが、これを理解してもらうのは、人間を火星に送り込むことより、難しいと思う。

韓国では、大統領や首相が定期的に懇談会を開き、医療、AI,ゲノム、ビッグデータなどについて意見を聞いているとのことだ。中国でも習主席がこの分野に注力している。これいいのか、日本という国は?坂の上の雲を目指す人はいないのか?


編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のシカゴから戻った便り」2018年6月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。