書評「町工場の全社員が残業ゼロで年収600万円以上もらえる理由」

城 繁幸

  
  
「小さな町工場なのに残業ゼロ、全社員年収600万円以上」という点がNHKのクローズアップ現代等で取り上げられ話題となった吉原精工の会長が、自社の取り組みを詳細に解説したのが本書だ。営業マンを置かない営業テクニックや取引先との信頼関係構築テクニックなども実にこまごましていて興味深い。営業マンや経営者向けとしても良いビジネス書だと思う。

でも、やはり本丸は吉原流働き方改革、とりわけいかにして残業ゼロを実現できたか、だろう。
実は方法については分かっている。というか、それ一つしかない。それは残業そのものを無くし、浮いた残業代を基本給に上乗せして支給する方法だ。

よく現場を知らない労働弁護士なんかが口にする「残業割増し分を引き上げさせることで残業を抑制させる」というのは最悪のアプローチで、企業がその分基本給を減らして残業代に回すから、元を取ろうと従業員がさらに残業するようになるだけだ。

当然、吉原流もその点はしっかり押さえてある。全社員にしっかり説明した上で残業をゼロにし、浮いた金額をすべて固定給に入れるというスタイルだ。結果、全員がいかに無駄を省き、効率的に機械を動かすかに集中するようになり「毎日定時で帰る」と「利益率を高めて賃金アップ」を両立させているわけだ。

むろん、ただ残業するなと言うだけではなく、シフト制を上手く組んで、昼以降に出勤する社員に夕方以降の顧客対応を任せたり、機械の稼働時間を被らないよう調整したりといったトップの工夫も資するところは大きい。

ひょっとすると、タイトルから氏のことを「人に優しい家族主義的経営者」だと思っている人もいるやもしれない。実際には逆で、過去3度の経営危機に際しては文字通りクビを切るリストラを敢行し、ベテラン幹部であっても改革方針に賛同しない人間は容赦なく切り捨てる非情さも持っている。

一言でいうなら、氏は合理主義者と言うべきだろう。

ちなみに、吉原精工ではプライベートには一切タッチせず、社員同士の親睦を図るイベントなどはありません。「楽しいことは会社の外で自由にやって欲しい」という方針です。

給料については、もともと「勤続年数に関係なく能力に応じて決める」という考えです。仕事が速い人、正確な人、工場全体を見て動ける人であれば給料は高くなります。

(サラリーマン時代に)

能力が低い人が残業しているのを見ると「おかしいな」と思っていました。私が時間内に仕事を終えて帰っている一方で、仕事が遅い人は残って仕事をしていました。会社の電気代を使い、さらに残業代を多くもらえるので給料も高くなるということに違和感があったのです。

「仕事で楽をするなんてとんでもない」
「残業を厭わず働くべきだ」
「会議は絶対に必要なものだ」
「1分たりとも遅刻してはならない」
こういった考え方は、私から見れば、たいした合理性はありません。

吉原精工と取引のある、ある大手企業についても触れられている。その大手はリーマンショックに際し、従業員の残業を禁じることで危機をしのぐという経営判断をした。全社一丸となって無駄を見直し、生産性を高めることで、残業の削減に取り組んだわけだ。だが業績がV字回復すると、また以前のように「残業し放題、残業代つけ放題」に回帰し、労使ともに何の疑問も抱かない様子だという。

日本の労働生産性が低いということは、よく知られています。1時間あたりの労働生産性は主要先進7か国で20年連続最下位ともいいます。しかし私は、これは日本企業にまだまだチャンスがあることの裏返しだと思っています。

日本ではムダな残業が山のようにあるのに、GDPではアメリカ、中国に次いで世界第三位です。多くの企業が本気を出して残業をなくし、仕事を効率化し、競争力の高めることが出来れば、どれほどの効果が上がることでしょう。今後の少子高齢化による人手不足解消のヒントになるのではと思います。


編集部より:この記事は城繁幸氏のブログ「Joe’s Labo」2018年6月28日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はJoe’s Laboをご覧ください。