十分予想されたことだが、対北朝鮮制裁の解除が既に始まっている。読売新聞(電子版、7月1日付)によると、中国は先月28日、ロシアと共に、国連安全保障理事会のメンバー国に対北制裁緩和を求める声明案を配布したという。幸い、米国が拒否したので実現されなかったが、歴史的な米朝首脳会談から2週間が経過した現在、中露両国を中心に対北制裁の解除への動きが見られる、というより、既に解除は始まったとみて間違いないだろう。
海外中国メディア大紀元(日本語版)は6月30日、米ラジオ・フリー・アジア(RFA)からの報道として、「中国から北朝鮮への旅行者が5月以降急増している。中国人観光客の急増で、7月中旬までの中国国内から平壌行き列車の乗車券はすでに完売した」という。また、韓国の朝鮮日報は「中朝国境にある中国丹東市の旅行会社は26日、最近、平壌を訪れる中国人観光客の人数は毎日1000人から2000人だ」という話を紹介している。
中国当局が北への旅行規制を緩和したものと予想される。中国旅行者が増えれば、大量の外貨が落ちる。金正恩朝鮮労働党委員長が今年に入り3度も訪中したのは、両国関係の正常化促進と共に、中国側に対北制裁緩和の推進役を依頼する狙いがあったはずだ。この推測は大きくは間違っていないだろう。
朝鮮半島の融和路線は今年に入り急速に展開されてきた。韓国平昌冬季五輪大会(2月9日~25日)、その後の南北首脳会談(4月27日)、そしてシンガポールの米朝首脳会談(6月12日)とトントンとその融和路線は進められてきた。
それでは、なぜ北朝鮮は融和路線に切り替えたかを再度確認する必要があるだろう。①親北路線を主張して政権に就き、南北首脳会談を実現した韓国・文在寅大統領の功労か、②日韓両国を中心とする対北制裁強化を訴え続けてきた国際社会の努力か。答えは明らかに後者だ。
対北制裁の強化で北の国民経済ばかりか、北指導部への統治資金も厳しくなってきた。その上人民軍の統制にも問題が生じてきた。そこで金正恩氏は戦略的決断を下し、韓国の融和路線に乗ることを決めた、というのが真相ではないか。
繰り返すが、朝鮮半島の緊張緩和、南北間の融和促進は突然降って湧いてきたものではない。日米両国を中心とした対北制裁政策がボディーブローのように平壌指導者に苦しみを与えてきた結果だ。これを間違って受け取ると、「文在寅大統領にノーベル平和賞を」といった突飛な考えが生まれてくることになるわけだ。
米朝首脳会談ではトランプ氏は朝鮮半島に平和をもたらす米大統領といったイメージを世界に発信し、11月の中間選挙に弾みをつけたい意向だったが、実質的なポイントを稼いだのは明らかに金正恩氏であったことは間違いないだろう。
米朝首脳会談の主要テーマ、北の非核化はまだ何も始まっていない。米朝首脳会談のフォローアップ、米朝実務協議はまだ実現していない(ポンペオ米国務長官は7月6日に平壌を訪問して北高官と非核化プロセスを協議する予定)。
米国からは「非核化の工程表を作成しない」という腰砕けのようなメッセージが流れてくる一方、非核化費用の日韓の負担、米韓軍事演習の中止といったニュースがメディアで大きな話題となる、といった具合だ。
非核化の費用論議も米韓軍事演習中止論も本来は、非核化のプロセス(北核関連施設の「冒頭申請」提出)が明確になり、一部核関連施設の解体が開始された後のテーマだ。米朝間の非核化プロセスは逆行してきているのだ。
迷惑なのは、韓国と日本両国だろう。もう少し厳密にいえば、日本が最大の被害国だ。金は要求されるが、肝心の商品(北の非核化)は届かない不幸な顧客のような立場だ。
米NBCニュースは先月29日、「米情報機関は北が過去数カ月間、国内の複数の秘密施設で核燃料を増産していると分析している」と報じたばかりだ。金正恩氏の非核化への決意が疑われだしている。
一方、米中間で貿易問題、米ロ間で軍事・政治問題を抱えている現在、トランプ米政権が北の非核化問題を米中間の貿易問題の取引材料とする恐れすら考えられる。
北の非核化は単に朝鮮半島の安全問題ではなく、世界の安全問題であることを忘れてはならないだろう。残念なことだが、「北の非核化」の最大の障害は今日、金正恩氏の動向ではなく、トランプ大統領の揺れ動く決断にあるといえるかもしれない。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年7月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。