イランのロウハニ大統領が4日、オーストリアを公式訪問した。イラン大統領が欧州連合(EU)加盟国の首都を国賓として訪問するのは非常に稀だ。音楽の都ウィーンしかできない芸当かもしれない。
オーストリアはロウハニ大統領を国賓として赤い絨毯を敷いて迎えたのだ。“勇気ある外交”として称賛すべきか、“無謀な外交”として批判すべきかは即断できないが、テヘランからの訪問者を歓迎するのは容易ではないことは間違いないだろう。
トランプ米大統領は5月8日、イラン核合意(2015年7月)から離脱宣言し、イランへの経済制裁を11月から再実施すると表明、「他の国がイランと商談をした場合、その企業に対しても制裁を課する」と警告を発したばかりだ。トランプ大統領の言動に批判的な欧州諸国も米国の制裁が如何に厳しいかを知っているので、トランプ氏の警告を無視できない。
ロウハニ大統領はイラン核合意については「わが国にとって益がある限り、それを堅持する。欧州はイランに対しマイナスにならないように保証しなければならない」とイラン側の立場を再度、繰り返した。
ちなみに、国連安保常任理事国(米英仏露中)にドイツを加えた6カ国とイランは2015年7月、「包括的共同行動計画」(JCPOA)で合意し、2002年以来13年間に及んだ核協議に終止符を打った。
ロウハニ大統領がウィーン入りする前、イスラエルから既に厳しい批判があがった。世界のテロを支援するイランの大統領を国賓として歓迎するオーストリアに対し、イスラエル政府は「ナチス・ドイツ軍の戦争犯罪を思い出させる」と述べ、精一杯の抗議をしたばかりだ。オーストリアのクルツ首相はロウハニ大統領のウィーン訪問前にイスラエルのネタニヤフ首相に電話で「オーストリアはイスラエルの立場を支持している」と述べ、理解を求めている。
ロウハニ師がウィーン入りすると市内の数か所で反イラン抗議デモが行われた。オーストリア側は950人の警備隊を動員し、デモ集会や批判の声がロウハニ大統領の耳まで届かないように腐心し、連邦大統領府、首相府周辺の道路を閉鎖したほどだ。
興味深い事実は、4日の欧州メディアに、駐オーストリアのイラン外交官がパリの反政府集会を襲撃する計画を画策していたとしてドイツで拘束され、ベルギーとフランスでもイラン外交官が拘束されるというニュースが流れたことだ。
ロウハニ大統領のウィーン訪問に合わせたように流れてきたイラン外交官拘束記事を読んで、「偶然」と考えるナイーブな読者もいるかもしれないが、多くの人は「このニュースの背後にイスラエル諜報特務庁(モサド)ないしは米国家安全保障局(NSA)が暗躍している」と考えるだろう。
ロウハニ大統領のオーストリア訪問を取材するため約200人の内外ジャーナリストが取材許可を得た。当方もその中の1人だった。取材といっても、テヘランからの訪問者に記者会見で質問できるわけではない。記者会見では報道声明をバン・デア・ベレン大統領とロウハニ大統領が読み上げるだけだ。クルツ首相との会見でも同様だった。テヘランの訪問者を煩わす質問はお断りというわけだ。
31歳のクルツ首相は、「ロウハニ大統領とは人権問題やイラン外交官拘束事件についても話し合った」と説明、イランが宿敵としているイスラエルについては、「ホロコーストを否定したり、イスラエルの国家を抹殺するといった反イスラエル政策には厳しく抗議する」と、横に立っているロウハニ大統領を意識しながら強調したのが印象的だった(イランのマフムード・アフマディネジャド前大統領は、「イスラエルを地上の地図から抹殺してしまえ」と暴言を発し国際社会の反感を買ったことがある)。
それに対し、老獪なロウハニ大統領は、「欧州人がイスラエル問題で非常に神経質であることは理解している」とクルツ氏の批判を軽くかわし、「イスラエルはガザ地区でパレスチナ人を不法に攻撃し、シリアではイスラム過激組織『イスラム国』を支援している」と反論する一方、「イスラエルは歴史的に見ても、イランに感謝しなければならない。ユダヤ民族のバビロニア捕囚から解放したのはペルシャだった」と聖書の話を引用し、笑みをこぼした。とにかく、ロウハニ師には余裕があった(「ユダヤ教を発展させたペルシャ王」2017年11月18日参考)。
ロウハニ大統領は同日夕、公式訪問の最後の行事、オーストリア経済会議所を訪問し、そこでイラへの投資を呼びかける講演をした。同会議所前でも反イランデモ抗議が行われたが、ロウハニ師が到着する前に治安部隊によって解散させられていた。
なお、ウィーンで6日、米国離脱後のイラン核合意について、EU、英、仏、独、それにロシアと中国の外相が集まって会議を開く。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年7月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。