学期末雑感:若者は未知なる世界に刺激されるべし

私立大学の方には申し訳ないが、国立大学では春学期の授業期間が終った。私が代表を務める広島平和構築人材育成センター(HPC)が実施する「平和構築・開発のためのグローバル人材育成事業」の新しい事業期間の立ち上げも重なり、忙しくて、ブログの更新も途切れがちになってしまった。

大学での学生たちの交流は楽しい。しかし、国際政治学者などをやっているので、GW以降2カ月以上日本を離れていないことが、すっきりしない。とりあえず日本から出ないと息苦しい。

飛行機に長時間乗っているのは苦痛ではないですか?と聞かれることがよくある。そんなことはない。むしろ国際線は楽しい。このブログでも何回か、機内で観た映画について書いたことがある。私のような文化的野蛮人には、TVスクリーンの前で椅子に縛り付けられている時間が、時折は必要なのだろう。

小澤征爾氏の斎藤記念オーケストラのコンサートフィルムを観た。2016年のコンサートなので、小沢氏は81歳か。座りながら指揮をしている時間も長く、楽章と楽章の合間には、一休みして水を飲む。しかし、それにもかかわらず、ひとたび演奏が始まると、驚くべきエネルギッシュな姿で高次元の指揮をする。

私は高校時代までミュージシャンになりたかったのだが、小澤征爾の甥である小沢健二のおかげもあって、馬鹿な考えを引きずることなく、人生を変えることができた。その頃、小澤征爾氏にも興味を持ち、『ボクの音楽武者修行』を読んだ。まだ戦後の混乱も終息していないような日本に生まれながら、クラッシック音楽のような業界で、どのようにして小澤征爾氏は世界有数の指揮者となっていくことができたのか。パッと考えると、よくわからないところがある。小澤征爾氏が日本を飛び出していく物語の『音楽武者修行』を読んでよくわかった、ということはないのだが、一つ感じたことはあった。

人生には刺激が必要だ、ということだ。自分の知らない世界に行き、知らない人と接し、知らないことについて考えてみたりしないと、人間は衰える。

あるいは将来が見通せないような状況、あるいは世界が一夜で一変してしまったような状況に置かれると、人間は疲労困憊してしまうかもしれないが、逆に恐るべき底力を発揮することもある。戦後直後の日本も、そういう環境にあった。

広島出身のミュージシャンが多いと言われる。統計処理をした研究を見たことがないので、本当にそうなのかは知らない。しかし被爆二世で壮絶な幼少期を過ごした矢沢永吉氏の『成り上がり』を読んだことがある人であれば、それは不思議ではないのかな、という気がするのではないか。

現代日本でも才能ある若者がたくさんいる。彼らに十二分な刺激が注ぎ込まれれば、次々と天才が生まれ、たとえ人口が減っても、日本は衰退しないだろう。

だが、本当に大丈夫か?と考えてしまう実情がある。「内向き」日本に閉塞感が蔓延している。ムラ社会のいざこざのようなケンカが続いている。毎日毎日、別のムラの住人の悪口を言って罵りあうだけの生活を送っているような人もたくさんいる。

みな時折は、椅子に縛り付けてもらって、無理やりにでも「天才」のパフォーマンスを見て、新しい刺激を受けたほうがいいのではないか。


編集部より:このブログは篠田英朗・東京外国語大学教授の公式ブログ『「平和構築」を専門にする国際政治学者』2018年7月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。