新法「ユダヤ人国家宣言」の波紋

イスラエルの「国旗」(ウィキぺディアから)

イスラエル国会(クネセト)は19日、長時間の審議後、「わが国はユダヤ人国家であり、ユダヤ人に唯一の民族自決権がある」と宣言した「国民国家法」を賛成62、反対55の僅差で可決した。同国には一般の憲法はなく、基本法がその役割を果たしている。新法は基本法と見なされる。なお、新法に批判的なレウベン・リブリン大統領は、「新法は世界とイスラエルでユダヤ民族を傷つけることになる」と警告を発している。

同法の採択が伝わると、予想されたことだが、世界各地から批判の声が挙がっている。 アラブ系のアフマド・ティビ議員は、「新法はイスラエルの民主主義の死を意味する」と主張、「新法によってイスラエルに2グループの国民ができる。権利を有するユダヤ人と単に迎えられているゲストの2通りの国民だ」と述べている。

以下、新法に対する批判点をまとめる。

①イスラエルは1948年の建国時、「宗教、人種、性別に関わらず全ての国民が平等な社会的、政治的権利を有する」という内容の独立宣言を表明したが、今回の法案は明らかにその独立精神と一致しない。イスラエルはもはや「全ての国民の国家」ではなくなった。

②同国人口の約20%(約180万人)を占めるアラブ系のアラブ語は公用語から外され、「特別な地位」という曖昧な立場に降格させられた。アラブ系少数派から「人種差別、アパルトヘイト(人種隔離政策)だ」といった強い批判が出ている。

③東エルサレムを含む「統一エルサレム」をイスラエルの首都と認定し、イスラエルを「ユダヤ人の歴史的な国土」と明記している。

④「ユダヤ人入植の拡大」について、奨励すべき価値ある国家プロジェクトとして支持を表明している。

バチカン・ニュースは20日、イスラエルの新法「国民国家法」について「議論を呼んでいる」と述べ、イスラエル国内ばかりか世界でも賛否両論が出ていると報じた。

また、海外の有力なユダヤ人協会、約17万5000人の会員を有する「米国ユダヤ人協会」(AJC)は新法を批判し、「建国精神からかけ離れ、行き過ぎた内容」と深い失望を表明し、「イスラエルは建国精神を思い出せ」とアピールしている。特に、アラブ語を公用語から外した決定に対し、「イスラエル周辺の政情を考えると、国民の5分の1を占めるアラブ系住民のアラブ語は非常に重要だ」と述べている。

イスラエルで5月14日、建国70年の記念式典や行事が挙行されたばかりだ。エルサレムでは米国大使館がテルアビブからエルサレムに移転した式典が約800人のゲストを迎え行われた。同時期、イスラエルのパレスチナ自治区で米大使館のエルサレム移転に抗議するパレスチナ人や市民のデモが行われ、それを取り締まる治安部隊と衝突し、ガザ地区だけでも2014年の紛争以来最大の犠牲者数を出している(「イスラエルの70年は成功したか」2018年5月16日参考)。

イスラエルを取り巻く政治情勢は安定からは程遠い。そのような状況下でクネセトが「ユダヤ人国家の宣言」を可決したわけだ。火に油を注ぐような冒険だ。イスラエル国内で新法に反対する国民のデモ集会が行われ、参加者は「われわれユダヤ人とアラブ人は敵対することを拒否する」と書かれたプラカードを掲げていたという(オーストリア日刊紙プレッセ)。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年7月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。