イスラエルの70年は成功したか

長谷川 良

イスラエルで14日、建国70年の記念式典や行事が挙行された。エルサレムでは米国大使館がテルアビブからエルサレムに移転した式典が約800人のゲストを迎え行われた。同時期、イスラエルのパレスチナ自治区で米大使館のエルサレム移転に抗議するパレスチナ人や市民のデモが行われ、それを取り締まる治安部隊と衝突し、ガザ地区だけで少なくとも58人が死去、2700人を超える負傷者が出た。2014年のガザ紛争以来の最大の犠牲者数だ。

▲エルサレムに米大使館を移転したトランプ米大統領に感謝するネタニヤフ首相(2018年5月14日、エルサレムで、米CNNの中継から)

▲エルサレムに米大使館を移転したトランプ米大統領に感謝するネタニヤフ首相(2018年5月14日、エルサレムで、米CNNの中継から)

ところで、イスラエルの過去70年間はサクセス・ストーリーだったか。経済協力開発機構(OECD)の経済統計を見る限りでは、イスラエルの国民経済は急成長し、特に、IT部門など先端科学技術で先進国入りしている。
例えば、イスラエル生まれのハイテク系のスタートアップ(Start-up )企業数は多く、国民1人当たりのベンチャー投資額は高く、「イスラエルはスタートアップ大国(Start-up Nation)」と呼ばれているというのだ。

民族、宗派間の対立が激しい中東でイスラエルは軍事力で周辺国のそれを大きく凌いでいる。同国は公表していないが、200基を超える核兵器を既に保有している。人口は建国時と比較すると14倍に膨れ上がり、2017年5月現在、約868万人だ。

世界から移民してきたユダヤ人のアイデンティティ問題など、社会、文化的問題は横たわっているが、イスラエルが過去70年間で達成してきた実績は経済分野ではサクセス・ストーリーといえるだろう。

問題は、アラブ諸国に取り囲まれているイスラエルが依然、エジプトなど数カ国を除くと敵対する国が多いことだ。アラブ諸国との共存からは程遠い。

独週刊誌シュピーゲル(電子版、14日付)は興味深い記事を配信していた。イスラエルの「建国の父」、初代の首相ダヴィド・ベン=グリオン(1886~1973年)が1948年5月14日の独立宣言の中で「目指す国家像」について語っている部分だ。曰く「全ての国民は宗教、民族、性差の区別なく、社会的、政治的な平等が保証される」と述べているのだ。ベン=グリオンはパレスチナ人を含むアラブ諸国との共存を願っていたことが分かる。

ベン=グリオンは生来の社会主義者であり、彼はイスラエルが地中海の農業立国となることを夢見ていた。実際は、70年後のイスラエルは農業立国ではなく、先端技術を誇る近代国家に成長している。
シュピーゲル誌は「ベン=グリオンら37人(35人男性、2人女性)が当時、独立宣言に署名したが、彼らは70年後の現在のイスラエルを想像できなかっただろう」と述べている。

ネタニヤフ首相は14日、エルサレムでの米大使館移転祝賀式典で、「米国が大使館をエルサレムに移転させたことに感謝する。エルサレムは3000年前以上からユダヤ民族に属していた」と強調し、エルサレムをイスラム教の聖地と主張するパレスチナ人と真っ向から対立する発言をしている。すなわち、ネタニヤフ首相はパレスチナ人と共存することよりも、イスラエルが管理する統一エルサレムが重要と考えているわけだ。建国の父ベン=グリオンが願っていた国家像とは異なっている。

イスラエルでは2019年11月に総選挙が実施されるが、リクード主導の現連立政権(第4次ネタニヤフ政権)から労働党が政権を奪い返すことができるかが焦点だ。シュピーゲル誌は「左派政党の政権奪取のチャンスはある」と見ている。ラビン首相が1995年、暗殺されて以来、低迷してきた労働党が“若きオバマ”と呼ばれるアビ・ガベイ新党首(50)を迎え、飛躍が期待できるからだという。

70年間の年月はイスラエルを変え、その国民をも変えていった。しかし、イスラエルを取り巻く周辺国家との関係は依然、緊迫している。パレスチナ人との和平交渉はこれまで以上に混沌としてきた。イスラエルが更に飛躍するためにはアラブ諸国との関係正常化が急務だ、という点で中東ウォッチャーの意見は一致している。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年5月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。