「関電、猛暑で初の節電取引」が引き金になる予期せぬ影響

酒井 直樹

「バタフライエフェクト」という2004年作の映画を先日飛行機の中で興味深く見た。バタフライ効果というのは、力学系の状態にわずかな変化を与えると、そのわずかな変化が無かった場合とは、その後の系の状態が大きく異なってしまうという現象で、カオス理論で扱うカオス運動の予測困難性、初期値鋭敏性を意味する標語的、寓意的な表現だ。

気象学者のエドワード・ローレンツによる、蝶がはばたく程度の非常に小さな撹乱でも遠くの場所の気象に影響を与えるか?という問い掛けと、もしそれが正しければ、観測誤差を無くすことができない限り、正確な長期予測は根本的に困難になる、という数値予報の研究から出てきた提言に由来する。

今日7月23日の日経新聞に「関電、猛暑で初の節電取引ー事前協力得て工場休止要請 急な需給逼迫を回避」という記事が掲載された。

異例の猛暑による電力需要の拡大を受け、関西電力が「ネガワット」取引と呼ぶ新たな節電手法を実施したことが分かった。事前契約に基づき工場などに時限節電をしてもらうものだ。既に実施済みの東京電力ホールディングスや九州電力に続いて関電も踏み切ったことで、電力需給を安定させる手法として定着しそうだ。

電力会社にしてみれば実に合理的な判断だ。実は、電力会社には2つの目的がある。第一に、自身の発電能力を、主に日中のエアコンが必要で経済活動が盛んな午後に発生するピーク時の電力需要が上回ると電気が足りなくなって広域的に大停電を引き起こしてしまう。実際この大停電は1987年の暑い夏の日に関東全域で発生した。だから、この「ネガワット取引」は社会正義を持つ。

もう一つの目的は、電力会社の利潤最大化だ。電気というのは公設の日本卸電力取引所(JEPX)で30分単位で、発電会社と小売会社の間で一日前に30分のブロック単位で取引されている。これは本日23日の取引価格だ。すごいことになっている。以下をご覧いただきたい。

 

何と午後2時30分から午後6時30分までの4時間卸売料金が1kWh50円付近で張り付いている。これに、託送料金や再エネ賦課金などを加えると仕入れ値は1kWh60円を超えてくる。更に、小売会社のコストが10%がかかっているから下手をすると原価は70円になる。一方、売価はというと25円から32円だ。だから1kWh売ると40円の赤字になる。だから、需給が逼迫しているとき、すなわち卸売料金が高い時には、なるべく販売量を絞って逆ざやをストップしたいという判断は間違えていない。

しかしである。電気の供給を止められた工場はたまったものではない。その分計画していた生産ができなくなる。設備や人を遊ばせることになる。するとどういう行動に出るか?

僕が工場の経営者だったら、屋根の上に太陽光パネルを置いて自家発電をしてリスクヘッジをする。昔だったら、太陽光パネルの値段が高くてペイしなかったが、中国が大量に余剰在庫を抱えているのでタダ同然で売ってくるので十分採算がとれる。これをグリッドパリティと呼ぶ。悪い話ではない。これを使わない手はない。

するとどうなるか。沢山安定的に電気を使ってくれる優良顧客が送電網から流れてくる電気を使わなくなる。全く使わなくなるのではなくて、太陽が照っていない時だけ使う。

これは電力会社に二つの深刻な影響をもたらす。

第一に、大量消費をする顧客が送電線から電気を買わなくなるので、託送料金という送電線の通行料金(高速道路の通行料金のようなもの)のトラフィックが全体的に減る。設備一定で交通量が減るので託送料金が上がる。実は、民主党の菅直人政権が強硬に主張したせいで導入した世界に比べて異常に高かった(1kWh 48円、当時僕たちがインドで導入したのは入札制で10円)固定価格価格買い取り制度(FIT)の国民負担分は託送料金に乗っかってくるのでさらに不利になる。屋根に太陽光パネルを設置するほど経済的に余裕がない家庭が異常に高い再エネ賦課金を払わされる一方、お金持ちは自分で太陽光をつけて賦課金が免除される。こんな不条理なことはない。

第二に、太陽光発電を所有する大量消費をする工場や家庭は太陽が照っている時間はほとんど使わないが、日没後の夕方や、急に曇った時に一斉に送電線からの電気を求めてくるので、交通量の振れ幅が大きくなる。送電線の活用効率は落ちるし、よりきめ細やかな電圧や周波数の調整が必要となるので膨大な設備投資をしなければいけなくなる。

この二つのルートで、電力会社の費用はかさむことになる。利潤最大化を目論んだネガワット取引が自らの首を締めることになるかもしれない。

もちろん、日本政府も電力会社も極めて優秀な人たちなので、そこへの対応策はすでに講じられている。容量市場を創出したり、料金制度体系を変えようと準備している。

しかし、このような制度変更には、いろんな利害関係者の調整が必要で、大変時間がかかる。今の所容量市場の開設は2022年を予定している。4年も先の話だ。その前に、考えられないくらいな廉価な太陽光発電が日本に流入してくる。

これは典型的なバタフライ効果だ。誰も将来は予見できない。何が起きるかわからない。だから、各ステークホルダーは臨機応変に対応する必要があり。電力セクターの健全な発展を願って止まない。

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