自衛官採用年齢30歳はリーズナブルか?

清谷 信一

(出典:自衛官募集ホームページより=編集部)

自衛官採用年齢引き上げへ=30歳上限、人材確保厳しく―防衛省

現行18~26歳までの採用年齢について上限を30歳程度とすることを視野に検討する。少子化や景気回復を背景に優秀な人材の確保が厳しさを増していることを踏まえた措置で、陸海空各自衛隊との調整が付けば、2019年度から実施する。

特に自衛官候補生の採用数は12年度の9963人をピークに5年連続で減少しており、17年度は7513人にとどまった。同省関係者は「景気回復に伴い、優秀な人材は民間企業に流れている」と危機感を示す。

今回、年齢引き上げを検討するのは、自衛官候補生と一般曹候補生の2職種。自衛官候補生は任期制で、教育期間を含め陸上自衛隊が2年、海上・航空自衛隊が3年。任期終了後に継続するか否か選択できる。一般曹候補生は終身雇用が原則で、部隊勤務などを経て、自衛隊の中核を担う人材となることが期待されている。

この問題はまず現状の分析が必要です。単に採用年齢を上げるだけでは済まない話で、自衛隊の人事全体を再設計する必要があります。

自衛隊は15年以上極端に任期制自衛官を削減してきました。士の充足率は1士、2士で4割、士長入れて7割です。「兵隊」の頭数が極端に少ない。仮に10割充足していれば1~2割減ってもなんとかなるでしょう。ところが4割から2割が減れば大変なことです。

ですが、これは防衛省、自衛隊が自ら招いた災いです。

これは財務省から固定費減らすために人件費減らせといわれたからですが、給与、年金、退職金など払う費用が少ない削減が簡単な、「契約社員」を安易に減らしました。

対して「正社員」たる曹~将官までは逆に増えています。これでは固定費を減らすための人員削減にはなっていません。単に財務省に対するアリバイ工作であり、それは自衛隊を自ら弱体化させることでした。

曹クラスの人材供給源は士クラスです。1、2士が4割であれば、その中から曹になる人間の選択幅は小さくなります。その分優秀な人間を取るのは難しくなります。例えば4名の内から1名の曹候補を選ぶのと、10名の内から選ぶのではどちらが優秀な人間を選ぶことができるかは言うまでもありません。

少ない分母から曹を募れば、それは曹クラスの弱体化を招きます。軍隊は基本下士官で回っています。その下士官の質が下がることは、人的基盤が極めて脆弱になり、また組織としての能力が低下することを意味します。

ところが防衛省も自衛隊も組織防衛のためと、「正社員」の人事に手をつけて「悪者」になることを恐れて削減に手をつけませんでした。これは組織としてダイナミズムがなく、硬直化しているということです。更に申せば当事者意識&能力が欠如している。

将官の人件費は退職金やら年金、その他手当など含めれば士の10倍にはなります。つまり将官1名減らせば10人の士を減らすことと同じです。更に申せば副官、秘書、運転手なども必要なくなるので、その分人員を削減できます。

更に申せば自衛隊では幹部=将校の予備役が殆どおりません。実質的に陸自の3尉クラスだけです。後は医官とか通訳とかの専門職だけです。つまり戦時に消耗した将校を補充できません。人的資源の面から見れば継戦能力はありません。

そのくせ、戦時に装備は増産する必要があると諸外国の数倍から10倍以上のコストを払って、性能の怪しい国産兵器を漫然と調達しております。まるでできの悪いコントを見ているようです。

そして将校の予備役制度が実質ないということで、人事が硬直しています。現役の将校を削減することが難しくなっています。また予備役がいれば削減した将校を補充することも可能ですが、それができない。更に申せば諸外国では一定年齢で一定階級になっていないと軍に残れないシステムを採用しているのに、自衛隊は原則定年まで残れます。これは人件費の高騰と、平均年齢の高齢化を招いています。

昨今の人手不足による任期制自衛官の募集は既に東日本大震災以前から予測できたことです。人口動態をみれば容易に想像はつきます。にもかかわらず、任期制自衛官の採用を絞ってきたわけで、人手不足は自衛隊の自ら招いた人災です。

普通科など戦闘職種でなければ、30歳に採用を上げてもあまり問題はないでしょう。会計とか整備であれば出戻り隊員は即戦力となるでしょう。

ですが、一番の問題である自衛隊に入る若者が減っていることに対する根本的な対処にはなりません。

自衛隊に兵隊として入って2年以上在籍して、除隊した後の仕事が見つけにくい、特に正社員の仕事を見つけにくいことが問題です。

ですから、以前から申し上げているように、地方自治体に一定数元自衛官の採用を求める。例えば警官や消防士、防災関連など部署で採用するようにする。できれば予備自衛官として。そのためには優遇措置をとってもいいでしょう。民間企業ならば一定数元自衛官を採用すれば税制などで優遇する手もあるでしょう。

例えば3年以上士として勤務したもの大学や専門学校に進むならばその費用を一定額防衛省で持つ、というのもありでしょう。

また航空機の整備など専門職は自衛隊での資格を民間でも使えるようにする。そうすれば、再就職が楽になるし、専門能力も活かせます。例えば30代で退職して、民間の整備会社に転職するなどということが恒常化すれば、隊員の平均年齢も低く抑えられるでしょう。

航空機や車輌の初等訓練などは民間、あるいは国が特殊会社を作って、そこに退職した自衛官を受け入れるとう手段もあるでしょう。国がやるならば株式会社にしてバランスシートを公開しないと不効率な経営になります。

女性自衛官のさらに多様な職種への採用も必要でしょう。また結婚、出産で退職した女性自衛官を、基地内の託児所などで再雇用するという手段もあるでしょう。

要は自衛隊にははいったけれど、辞めた後の当てがない、という現状を変える必要があります。

また曹~将官に至る「正社員」の予備役制度を導入し、人員をドラスチックに減らす人事体系をつくること。不要なポストを減らして筋肉質の組織にする、外部でできる仕事は外部に委託するなどあらゆる部分での人事や業務の見直しをすべきです。


編集部より:この記事は、軍事ジャーナリスト、清谷信一氏のブログ 2018年7月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、清谷信一公式ブログ「清谷防衛経済研究所」をご覧ください。