「無料」の「ライドシェア」スマホアプリCREWの衝撃

酒井 直樹

世の中にはびっくりするようなことに挑戦する人たちがいる。シェア経済の象徴的な存在として世界を席巻しているUberだが、日本では停滞している。同社の主力サービスであるUberX、すなわち一般のドライバーがUberに登録してUberドライバーとして承認されることで、自家用車を使って人を運ぶことができるサービスは、国土交通省から行政指導が下され、中止となった。

国土交通省の通達によれば、以下のいずれかの場合には「有償」にあたらず、許可は不要とされている。

a. 「好意に対する任意の謝礼」と認められる場合:予め運賃表等を定めてそれに基づき支払われる場合には、少額であってもこれにはあたらない。

b. 金銭的価値の換算が困難・又は流通性が乏しい物が支払われる場合:具体例は自宅でとれた野菜(地方農家の場合)等とされており、現金はもちろん、商品券・貴金属等の換金性・流通性の高いものはこれにあたらない。

c. (i)当該運送行為が行われる場合にのみ発生する費用であって、(ii)客観的、一義的に金銭的な水準を特定できるものを負担する場合。

そして、UberXの場合は、顧客からドライバーへの報酬支払いはなくても、Uberからドライバーには報酬が支払われているため「有償」とされ、いわゆる「白タク」といって、タクシー営業の免許を取らないタクシーとして違法と判断された。

このため、Uberは昨年11月に日本では当面タクシーの配車サービスに専念する方針に転じた。Uberの経営者が開いた会見で、「規制当局との対話を重視している。スピーディーに進まない市場もある」と規制に従う考えを示した。「タクシー会社とのパートナーシップに優先的に取り組んでいく」として、当面はライドシェアを諦めた。

ところが、この規制に挑もうとするベンチャーが複数現れた。まず最初に現れたのがnottecoだ。「有償」でなければいいのだろうということで、長距離に移動する、たとえば東京から大阪に行く場合に、同乗者を探してガソリン代や高速道路代を割り勘で相乗りするというマッチングサービスだ。これは、極めて明快に「合法」だ。実際、ヒッチハイクという行為をする人もいないわけではない。ただし、同じタイミングで遠くの同じ目的地に向かう相乗り者を探すのはそう簡単ではないだろう。

そして、次に現れたのが、スマホで呼べるスマート移動アプリCREW(クルー)だ。同社のアプリはアップル社も公認だ。iPhoneでもアンドロイドでもダウンロードできる。同社のウエブサイトのトップラインを引用する。

“乗りたい” と “乗せたい” を繋げる移動のシェアアプリです。マイカーで街を走るCREWパートナーに、お好きな場所まで送ってもらうことができます。

こちらはnottecoに比べて、極めてUberに近いUXだ。

CREWでは、支払いは全てクレジットカード決済で、Visa 、 MasterCard 、AMEX に対応している。同乗する人(客ではない)が支払うのは2つ。第一に、ガソリン代・高速道路料金といった「CREWパートナー(運転者)の実費分」。第二に、同社のサービス利用に伴う「1ドライブあたり20円のマッチング手数料及と1分あたり20円の安心安全保証料ドライブ中のデータ通信及び移動のモニタリングとカスタマーサポート等」だそうだ。

そして、上記実費相当額及び手数料等と合わせて、「CREWパートナー」に対して任意に「謝礼」(感謝の気持ち)を支払うことができるそうだ。「謝礼」の有無や金額は、自由に設定することができるそうだ。

確かに文面通りに読めば、これは国土交通省の通達を満たす。実は過去に、「お客さんが自由に値段を決めて良い、旅館やラーメン屋」が実在した。あまり普及はしていないが。もしこれを日本以外の国でやったらおそらく採算は取れないだろうが(イギリスや香港でもそうした事例はあるようだがお客には色々なプレッシャーをかけているようだ)、日本人は生真面目なので、「それなりの謝礼」は払う人が多いのではないだろうか?

調べてみると、このCREWというサービスを運営する会社のCEOは吉兼周優氏だ。氏のWantedlyでの自己紹介文には「意志あるところに道は開ける」という何とも意味深なタイトルが付いている。氏は1993年生まれで25歳前後。慶應義塾大学理工学部管理工学科在学中に、株式会社Azitを設立し、2015年3月、スマホで呼べる相乗りアプリ『CREW』を企画・構想し、プロダクト・マネージャー兼UIデザイナーとして、『CREW』のiOSアプリ・Androidアプリを開発して、2015年10月にサービスを公開したそうだ。

『CREW』が成長を続けるモビリティ市場は、日本の社会的ビッグテーマの1つであり、今まではステルスモードで進めてきましたが、日本を代表するエンジェル投資家から億単位での資金調達を実施し、サービスをスケールさせていくフェイズとなっていきています。共同創業者3名に続いて、BCGやリクルート、電通、スターバックスといった良質なカルチャーをもった企業から続々とコアメンバーが集まってきています。

Wantedlyでの自己紹介文より引用

同社は、おそらくこのCREWというサービスの適法性について問題視されるリスクを十分に意識しているのだろう。同社のWebサイトで「サービスの仕組みに関して」として以下のように記載している。

CREW上で、CREWライダーがCREWパートナーに支払う必要が生じるのは、ガソリン代や高速道路料金といった実費であるため、無償運送の範囲内とされ、社会通念上、道路運送法第78条で規定される登録または許可は要しないとされております。

CREWではコミュニティがより活性化されるよう、実費分とは別に謝礼の支払いができるようなサービス設計を行っております。お支払いの有無及び金額ともに任意でございますため、CREWパートナーへの感謝の意を伝えたいという方は、ぜひご活用ください。

また、運送行為を行わないプラットフォームの金銭の受け取りに関しても、道路運送法の区分における旅客自動車運送事業には該当しないものとされております。

このサービスは損害保険ジャパン日本興亜株式会社を引受保険会社とする、ドライブシェアリングサービス用の専用保険に加入しているそうだ。だとすれば、損害保険ジャパン日本興亜株式会社も合法と判断したということか?

さて、話が変わるが、日本は時として法律の間隙を突くというか、グレーゾーンだが社会的コンセンサスをえてしまうような事象が間々ある。

大きな話としては、憲法9条下での自衛隊の存在がある。

もっと卑近な例では、第3のビールという酒税法の間隙を付いた低価格の商品が実在した。

さらに卑近な例では、いわゆる個室付き特殊浴場というものがある。俗にいうソープランドだ。日本には売春防止法があって売春行為は当然違法だ。ソープランドでは、女性従業員が、お客の入浴補助をするという建前になっていて、お客は入浴料を支払う。お客はお店に入った時に入浴料のみを支払う。もし、個室に入ってお客と女性従業員が合意の上で性行為をすれば、それは浴場事業主の関知するところではない。

仮定の話、あくまでも仮定の話として、CREWが違法だと行政が摘発したとしよう。あるいは訴訟になったとしよう。その時に、CREW弁護側はこう主張するかもしれない。「私たちは、乗り手が運転手に相当程度高い謝礼を払うとは想定していなかった。それは、乗り手と運転手の話であって、私たちマッチング事業者の関知するところではない。」

色々と考えさせる事案であることは間違いない。もしかしたら、この会社は(原義の)確信犯として、社会的に自分たちの行為が正義であるということを主張すべく、半ば「炎上」を狙って、このような行動をとっているのかもしれない。