アルゼンチンを舞台にした米中の「暗闘」

白石 和幸

7月28日付にて『New York Times』は、中国がアルゼンチンのネウケン州に建設した宇宙探査研究センターと称した宇宙基地のことを取り上げた。この基地を通して中国がラテンアメリカにおける存在感をより強めることになるとして警鐘を鳴らした内容の記事である。

同記事でも説明されているが、この宇宙基地が建設されるに至った背景には大きく分けて二つある。ひとつは、オバマ前大統領の外交は中国の影響力の拡大を牽制すべく、米国外交がアジアに目を向けられたということ。(と同時に、米国にとって長年裏庭であるラテンアメリカが軽視された。)もうひとつは、この宇宙基地の建設が合意された2012年当時のアルゼンチンは極度の経済の低迷に苦しみ、またデフォルトしたことから外国からの資金調達できなくなっていた。

この二つの盲点を突くかのように、当時の中国は2000年代からラテンアメリカの豊富な資源の獲得に動いていた。その対象になった国の一つがアルゼンチンであった。

中国はアルゼンチンに積極的に投資し、また借款の提供もしていた。そして、中国は宇宙開発に強い関心を示し、月への到着から火星に向けての開発を目的として南半球に宇宙センターの建設計画を希望していた。そこで、パタゴニアがその対象にされたのである。また、パタゴニアは資源が豊富なところである。中国にとってパタゴニアへの進出は複合的な利益が期待できる。

この宇宙基地の建設計画は、当時のクリスチーナ・フェルナンデス大統領政府と中国政府との間で秘密裏に結ばれた合意である。2015年2月のアルゼンチンの議会でこの承認を得ようとした時には既に工事が開始されていたといういわくつきの宇宙基地であった。建設費は5000万ドル(55億円)。

この基地に絡んで色々な問題が提起されているが、譲渡された敷地200ヘクタールの土地は50年間の借用でしかも無税。その上、大使館のごとく区域内は治外法権が認められて、アルゼンチンの警察も介入できなくなっているのである。

更に、明らかになっているのは、この基地の運営は中国人民軍の管理下にあるということである。

上述米紙は、アルゼンチン政府の官僚は、中国がこの基地を軍事目的には使用しないことを保障していると述べているが、この基地で使用されているテクノロジーは戦略的使用が可能だと専門家が見ていると報じている。また、オバマ政権時に武器のコントロールを担当していた国務省の副長官だったフランク・A・ローズは、最近の中国が衛星の機能を干渉し変更させたり破壊することができる精巧なテクノロジーを開発しているとも指摘している。

「この宇宙基地の巨大なアンテナはあたかも吸引能力の非常に大きな掃除機のようなものだ」と同紙で指摘しているのは米下院で調査を担当していたディーン・チェングである。

2015年12月にマクリが大統領になると、前政権と中国政府の間で交わされたこの契約の内容を公開することを彼は選挙戦中に公約していたが、未だにそれは公にされていない。しかし、彼の政権下で在中国アルゼンチン大使となったディエゴ・ゲラールは「中国側と再交渉せねばらならない、何故なら余りにも譲渡し過ぎだからだ」と述べている。そして契約で詳細が明示されておらないので、基地は唯一平和利用の為に使用されるのであろうが、「いつでも軍事基地に変身できる」と語っている。

それは同紙の中で、米国戦争上級アカデミーのエリスが指摘しているように、2049年のラテンアメリカを推察して見ると、中国は疑いなく米国を凌いでいるはずだ。その時に紛争が起きれば、中国は容赦することなくそこは軍事基地になっているはずだ、と述べている。

この中国宇宙基地は今年3月から機能しているが、それからわずか数週間して米国はパタゴニアに人道支援センターの設置を発表したのである。

このセンターを担当するのは米国の南方軍(Southern Command)である。その建設工事が5月から開始されている。

この南方軍の戦略プランというのはこの先20年間に米国は石油について31%以上、天然ガスは62%の確保が必要で、ラテンアメリカにおいてその要望に応えるのがマイアミに本部を置く南方軍の使命であるとしている。

彼らがパタゴニアで選んだ目的は、そこは米国からChevronやExxson Mobilなどがシェールガスと石油の採掘に参加している地域であるということで、この採掘保護が彼らの仕事のひとつである。その一方でもう一つ重要な使命は中国の宇宙基地の動きを牽制することである。米国の人道支援センターから車で僅か3時間で行ける距離にあるのだ。シェールガスと石油を確保すること、そして中国の宇宙基地の動きを監視することの二つがこの人道支援センターの隠された目的である。

しかし、表向きはアルゼンチンの国民が南方軍の進出に脅威を感じないように人道支援が目的だとしている。自然災害などが発生した場合に地元民への救援が目的だとしている。しかし、そうであるなら、アンデス山脈の方に向けて少なくとも500㎞移動した場所に人道支援センターを設けるのが効率的だというのが地形を良く知る人たちの意見だという。

人道支援センターの具体化として2ヘクタールの敷地内に600平米の建物に会議室、キッチン、緊急事態保存部屋などを設け、500人が宿泊できる部屋も備える。またヘリコプターの離着陸場も用意される。500人が宿泊できる部屋というのは必要とあらば500人の軍人が宿泊出来る場所にも成り得る。

現在、米国からエンジニアと建設業者が来て建設している。勿論、全て米国から派遣されたスタッフによって工事が進められており、地元民の手を借りることはない。

中国が宇宙基地を建設した時と同様に、気密性を維持するために地元民の労働は求めないのである。

建設費用の200万ドル(2億2000万円)は勿論南方軍が負担するとしている。

アルゼンチンの多くの議員の間でこのプランに反対している。自然災害における人道支援というのが南方軍の本来の目的ではないということを知っているからである。しかし、アルゼンチン政府もネウケン州政府も南方軍のプランを尊重しているという。

この様な事情を知ってる市民はネスケン州での南方軍による人道支援センターがまやかしものであるというのは熟知しているのである。だから、中国の宇宙基地の建設時に反対したように、このセンターの建設にも抗議している。

アルゼンチン軍部も国家の尊厳にかかわることだとして、南方軍を伝説にあるトロヤの木馬に譬えて土地の譲渡に反対している。

しかし、フェルナンデス前大統領のロシアと中国に媚尾た外交からマクリ大統領は欧米を軸にした外交に転換した。それを米国の南方軍は利用しているのである。しかも、マクリ大統領にとって今更撤去を命じることのできない中国の宇宙基地の動きを米軍の人民支援センターの手を借りて調査しようという狙いがあるように思える。