オーストリアのクルツ連立政権の閣僚の1人、カリン・クナイスル外相(53)が18日、同国南部シュタイアーマルク州で結婚式を挙げる。その式にロシアのプーチン大統領が招かれたというニュースが流れると、外相のプライベートな結婚式が俄かに政治問題となってしまった、という「話」をする。
「外相の結婚式になぜプーチン氏が招かれたのか」、「ウクライナ問題ではロシアとウクライナの調停外交を行ってきた。オーストリアの中立主義はどうなるのか」、「オーストリアは今年下半期の欧州連合(EU)議長国だ。外相の個人的なイベントとはいえ、オーストリアの議長国としての信頼性を失う」等々、議論を呼んだわけだ。
猛暑に苦しむ日本の読者にとって、どうでもいいような話だが、①政治家の結婚式が如何に政治問題となるか、②プーチン氏が欧州でどれほど警戒されている政治家か、という事実を理解するために、クナイスル外相の結婚式をめぐって飛び出したさまざまな反応をオーストリア通信(APA)を参考に読者に報告する。
クナイスル外相はアラブ語が堪能な外相で有名であり、中東問題に精通した専門家として知られてきた。その才媛にオーストリアの極右政党「自由党」が外相ポストをオファーしてクルツ連立政権に招いた。クナイスル外相は一応、無党派閣僚といわれるが、実質的には「自由党」寄りの政治家と受け取って間違いないだろう。
クナイスル外相がプーチン氏を結婚式に招待したことが報じられると、オーストリアの外交に批判の声が上がった。同国外務省報道官は「わが国の外交には全く影響がない。外相のプライベートな結婚式であり、プーチン氏の訪問も個人的なものだ」と説明し、同国外交が親ロシア寄りだ、という批判を必死に否定した。
オーストリア外務省も認めているが、プーチン氏のオーストリア訪問は実務訪問となっている。訪問中、結婚式に参加するクルツ首相とプーチン氏が会談することは間違いない。ただし、バン・デア・ベレン大統領との会談予定は入っていない。
参考までに、プーチン氏は今年6月5日、ウィーンを既に公式訪問し、バン・デア・ベレン大統領、クルツ首相らオーストリア政府首脳たちの歓迎を受けている。プーチン氏は4期目の大統領就任後の初の外国訪問先にウィーンを選んだのだ。
プーチン氏はウィーンで「米ロ首脳会談をウィーンで開きたい」という意向を通達、クルツ首相を喜ばした。最終的には、米ロ首脳会談はヘルシンキで開催されたが、プーチン氏が如何にオーストリアを愛しているかの小さなエピソートだろう(「スパイたちが愛するウィーン」2010年7月14日参考)。
プーチン氏が訪問した場合、その安全問題が出てくる。プーチン氏の身辺警備のため数百人の警察官が動員される。プーチン大統領周辺の安全対策費はモスクワ側が、結婚式費用と結婚式の安全警備一般はクナイスル外相が負担するということで一応合意ができている。
ロシア問題専門家、インスブルック大学のゲルハルド・マンゴット氏は、「プーチン氏の結婚式招待はオーストリア外交にマイナスだ。オーストリアがロシアにとってEUへの道案内役と受け取られるからだ。親ロ政策を取る自由党とシュトラーヒェ党首(副首相)にとってプーチン氏の結婚式参加は喜ばしい。一方、プーチン氏は対制裁下でも決してロシアは孤立していないことを誇示できる絶好のチャンスだ」と述べている(APA通信)。
ウクライナはプーチン氏の結婚式参加に対して厳しく批判している。ウクライナ議会外交委員会ハンナ・ホプコ議長(Hanna Hopko)はツイッターで、「オーストリアはウクライナ問題で中立の立場で調停役を演じる資格を失った。プーチン氏の結婚式参加は欧州の共通の価値観への攻撃だ」と酷評している。
ちなみに、オーストリア国内では野党議員から「クナイスル外相の辞任」を要求する声も聞かれるが、その声はあまり大きくない。婚姻政策を実施してその政治勢力を拡大したハプスブルク王朝を思い出せばいいだろう。結婚式に外国の元首を招くのは初めてではない。むしろ、オーストリアの伝統ともいうべきだろう。
プーチン氏が欧州で警戒されるのはそれなりの理由はある。シリア内戦で独裁者アサド政権を軍事支援、ウクライナのクリミア半島のロシア併合、マレーシア航空機MH17便を東ウクライナ上空で撃墜(2014年)、英国在中の元ロシア情報員への化学兵器による暗殺未遂事件などはいずれもその背後にプーチン氏がいると受け取られてきた。また、ロシアは米大統領選挙ばかりか、EU諸国の選挙にもサイバー攻撃を繰りかえしてきた。
ウィーンは「ロシアの欧州統合を促進することで、東西間の架け橋役を演じている」と主張し、ブリュッセルからの批判をこれまでかわしてきた。
欧州は連帯して対ロ制裁を実施している。その時、オーストリアがプーチン氏を公式招待したり、外相の結婚式に招待することはかなり冒険だ。少なくとも、タイミングは良くない。
それにしても、欧州で嫌われるプーチン氏を自身の結婚式に招待したクナイスル外相にはどのような欧州統合のビジョンがあるのだろうか。機会があれば聞いてみたい。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年8月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。