バチカン速報が見せた「危機管理」

フランシスコ法王はダブリンを2日間訪問した後、ローマへに帰途の機内で26日、慣例の記者会見を行った。そこで法王へ8つの質問が飛び出した。随行記者団の最大関心事はバチカンの駐米大使だったカルロ・マリア・ビガーノ大司教が公表した書簡の内容だ。

▲ダブリンからローマへの帰途で機内記者会見に応じるフランシスコ法王(バチカン・ニュース独語版、2018年8月26日、イタリアのANSA通信から)

▲ダブリンからローマへの帰途で機内記者会見に応じるフランシスコ法王(バチカン・ニュース独語版、2018年8月26日、イタリアのANSA通信から)

フランシスコ法王が米教会のセオドア・マキャリック枢機卿による性的虐待を知りながら5年間沈黙していたという内容だ。それが事実ならば、フランシスコ法王は聖職者の性犯罪の共犯者となる。そこで記者団はフランシスコ法王に事の真相を質問したわけだ。法王は、「この件では何も言わない。公表された文書が事の真相を伝えている。賢明な記者の皆さんなら読解できるはずだ」と答え、核心には触れなかった。

問題は、別の質問に対するフランシスコ法王の答えだ。1人の記者が、「同性愛性向がみられる子供に親は何を言うべきか」と聞いた。答えは、「子供と語り、祈るべきで、批判してはならない。また、Psychiatrie(精神科)に一度診察を受けるのもいいだろう。若い時は効果があるが、年齢が重なると難しくなるからだ」と答えた。

フランシスコ法王の返答内容を読んだ時、当方は「これは大変だ。同性愛者やその支持者から激しい批判が飛び出すだろう」と感じた。バチカン関係者も多分同じように感じたのだろう。その数時間後、バチカン広報部から機内記者会見の質疑応答に関するバチカン速報(Vatican Bollettino)が配信されてきた。そこには「精神科に診断を」という個所は削除されていたのだ。

その理由について、バチカン広報担当官は、「ローマ法王は2日間のダブリン訪問で疲れていた」と説明、フランシスコ法王は本来、「精神科の診断」ではなく、「心理学者に相談すればいい」と述べたかったが、間違って「精神科の診断」と語ったのだろうという。

それでは、なぜ「精神科医」(Psychiatrie)はダメで、「心理学者」(Psychologie)ならばいいのか。答えは明確だ。精神科医の場合、患者は明らかに何らかの精神病にかかっていることになる。心理学者の場合、自身の置かれている状況について、専門家の意見を聞く、といった程度で終わる。

具体的にえば、同性愛的性向がみられる子供に精神科の診断を勧めるということは、同性愛が何らかの精神病という前提がある。だから、同性愛者グループから「われわれは精神病患者ではない」という激しい批判が飛び出すのは当然予測できるわけだ。ただし、バチカン速報には「精神科」だけではなく、「心理学者」という言葉も記述されていない。

フランシスコ法王は「精神科医」と「心理学者」の違いは理解していたはずだが、バチカン側が説明したように、「2日間のストレスの多いダブリン訪問で疲れ切っていたこともあって、説明が不正確となってしまった」というわけだろう。この弁明で同性愛者グループやその支持者が納得するかは分からない。なお、フランシスコ法王は「神の似姿の家庭は男性と女性から成る家庭だ」と述べ、同性婚に対しては一定の距離を置いてきた。

カトリック教会では過去、同性愛は“悪魔の仕業”と考える傾向があった。だから、同性愛者を治療するために、悪魔祓いのエクソシストが呼ばれたりした。21世紀の現在、そのようなことを言えば、ことの是非は別として、同性愛者ばかりかメディアからも袋叩きに遭うだろう。

日本では「同性婚には生産性がない」と書いた国会議員に対し、同性愛者やメディアから激しい批判が殺到したばかりだ。「同性愛は悪魔の仕業」といえば、どのような事態が起きるか、考えるだけでもゾッとする。

幸い、バチカン関係者はそのことは理解していたわけだ。法王の問題発言の数時間後、27日にその発言個所を完全に削除したバチカン速報を配信したわけだ。バチカンの立派な危機管理だ。

なお、フランシスコ法王が訪問先からローマへ帰途の機内記者会見で問題発言を発したケースは今回が初めてではない。フランシスコ法王が2015年1月19日、スリランカ、フィリピン訪問後の帰国途上の機内記者会見で随伴記者団から避妊問題で質問を受けた時、避妊手段を禁止しているカトリック教義を擁護しながらも、「キリスト者はベルトコンベアで大量生産するように、子供を多く産む必要はない。カトリック信者はウサギのようになる必要はない」と述べたため、批判の声が上がった。外遊後の帰途の機内記者会見ではフランシスコ法王は気が緩むのだろう、問題発言が多い。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年8月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。