「フランシスコ法王は米教会セオドア・マキャリック枢機卿(88)の聖職者や未成年者への性的虐待を知りながら5年間沈黙してきた」というバチカン駐米大使だったカルロ・マリア・ビガーノ大司教の書簡内容が世界のローマ・カトリック教会の屋台骨を揺り動かす一大事となってきた。
ビガーノ書簡内容が事実とすれば、フランシスコ法王は聖職者の性犯罪を隠蔽した立派な共犯者だ。フランシスコ法王はダブリンからローマへ戻る機内での記者会見では、「この件では何も言わない。公表された文書が事の真相を伝えている。賢明な記者の皆さんなら読解できるはずだ」と答え、核心には触れなかった。
ネット上で公表されたビガーノ大司教の書簡内容はフェイク・ニュースだろうか。枢機卿に選出されなかったことを恨み、大司教はフランシスコ法王へ復讐しているのだろうか。それとも、書簡内容は事実であるため、聖職者の性犯罪に対し“ゼロ寛容”を表明してきたフランシスコ法王は答えることができないのだろうか。
オーストリア日刊紙プレッセのコラムニスト、カール・ペーター・シュヴァルツ氏は先月30日付のコラムの中で「ビガーノ書簡は世界の教会に爆弾どころではなく、本物の地震を誘発させている」というのだ。
そこで可能限り、ファクト・チェックを試みた。
先ず、ビガーノ大司教の主張に耳を傾けてみよう。同大司教によると、駐米大使時代の2013年6月23日、ビガーノ大司教はフランシスコ法王にセオドア・マキャリック枢機卿が神学生、神父たちに性的行為を強いている事実を通達したという。同枢機卿に対する訴えは1994年からあったという(バチカンは事実確認が可能なはずだ)。
マキャリック枢機卿は1977年、ニューヨークの司教補佐、81年メタチェン教区の司教、86年にはニューアーク教区の大司教に選出され、2000年から06年までワシントン大司教に就任。2001年に枢機卿に選ばれた。その間、枢機卿の性的犯罪が囁かれてきたが、公の場で問題となることはなかった。
ベネディクト16世は2006年、マキャリック枢機卿を休職に追いやったが、フランシスコ法王は同枢機卿を復職させている。シュヴァルツ記者によると、同枢機卿とフランシスコ法王は旧友の関係だという。
ちなみに、南米出身のフランシスコ法王が前回のコンクラーベ(法王選出会)でペテロの後継者に選出された背後には、マキャリック枢機卿の支援があったからだという。1930年生まれの枢機卿は2013年のコンクラーベの時は既に80歳を過ぎていたので選挙権はなかったが、他の枢機卿への影響力は大きかったというのだ。
バチカンには同性愛者ネットワークが存在する。ベネディクト16世もフランシスコ法王もその事実を認めている。
①フランシスコ自身は2013年6月6日、南米・カリブ海諸国修道院団体(CLAR)関係者との会談の中で、「バチカンには聖なる者もいるが、腐敗した人間もいる。同性愛ロビイストたちだ」と述べている(「バチカンに同性愛ロビイスト存在」2013年6月14日参考)。
②イタリア日刊紙ラ・レブッブリカによれば、前法王ベネディクト16世は2012年12月17日、バチリークス調査委員会が作成した報告書の中で「バチカン内部に秘密の同性愛者ネットワークが存在し、枢機卿は脅迫されている」という内容にショックを受けたという(「教会内施設でホモ・ネットワーク」2010年5月26日参考)。
バチカン法王庁の中核、“カトリック教理の番人”と呼ばれる教理省(前身・異端裁判所)に従事していた高官、ハラムサ元神父(Krzysztof Charamsa)は自身が同性愛者であることを告白した後、「ペドフィリア(小児性愛)や未成年者への虐待事件は教会のメンタリティから組織的に発生してくる現象だ。そして教会側はそれを部外に漏らさないように隠してきた。一種のマフィアのオメルタの掟(沈黙の掟)が支配している」と説明している。
ビガーノ大司教の主張は元バチカン高官やローマ法王自身の発言でほぼ裏付けられている。次は、フランシスコ法王自身が答える番だ。機内記者会見での答えは不十分なばかりか、誤解や不必要な憶測を生みだすだけだ。
問いは「マキャリック枢機卿の性犯罪を知っていたか」だ。知っていたとすれば、フランシスコ法王は聖職者の性犯罪の共犯者となる。親しみやすい言動で人気のあるフランシスコ法王はその瞬間、その信頼性を失うかもしれない。それだけではない。ローマ法王が聖職者の性犯罪の共犯となれば、辞任は避けられない。
一方、ビガーノ大司教の批判が根拠のないフェイク情報だとすれば、ビガーノ大司教は即、ローマ法王に謝罪する一方、世界の教会、信者たちを混乱させた責任を取って、全ての公的な活動を停止すべきだ。
バチカン・ウオッチャーの中には、フランシスコ法王を中心とした教会の改革派とそれに反対する保守派聖職者グループの権力闘争が展開されている、という見方もある。ことは権力争いという次元でなく、教会の存続を問う一大事だ。
アンジェロ・ベーチェ枢機卿は8月31日、バチカン・ニュースに「われわれはローマ法王と連帯しなれば、教会は分裂し、重大な結果をもたらすだろう」と警告を発している。一方、米教会のレイモンド・ブルク枢機卿は同月29日、イタリア日刊紙ラ・レプッブリカとのインタビューで「法王に対し辞任を要求することは合法的だ。もし、ローマ法王が大きなミスを犯していたとすればだ」と強調し、「先ず、事実を検証すべきだ」と述べている。
シュヴァルツ記者は、「教会は失った羊たち(信者たち)にどのように対応するかを知っているが、失った羊飼い(枢機卿やローマ法王)への対処の仕方を知らない」と少し皮肉を込めて書いている。ビガーノ大司教の問いは、羊たちに向けられているのではなく、羊飼いに直接向けられているものだ。
編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年9月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。