当方の友人にイラク出身の記者がいる。彼はイスラム過激派「イスラム国」(IS)から脅迫を受けてきた。そのため、オーストリア警察は彼の住居を警備し、外出時には同伴した。文字通り、友人は24時間体制下で警備されてきた。1年以上、そのような生活が続いた。彼に最近会ったら、「もう警備はなくなったよ」と言っていた。
人と会い、話すのが大好きな友人がイスラム過激派に狙われている、という情報が彼の周辺の仲間たちに伝わると、彼に電話したり、会って話すことを敬遠する仲間たちが増えた。友人にとって、それが最も辛い試練だったろう。もちろん、まだ油断はできない。
ところで、治安関係者から身辺警備されるのは友人のようにテログループのターゲットとして命を狙われているジャーナリストだけではない。警察犬も犯罪グループに狙われているため、警察官に警備されているというのだ。ウィーンの話ではない。コロンビアでの話だ。独週刊誌シュピーゲル(8月25日号)に1頁に渡り、写真付きで掲載されていた。それを読んだ時、「そんな警察犬(メス)がいるのか」と驚いた。同時に、その警察犬の活躍には敬服させられた。
先ず、シュピーゲル誌からその警察犬Sombraのプロフィールを紹介する。その警察犬は麻薬グループを捜査するために特別の訓練を受けてきた麻薬捜査犬だ。警察アカデミーに入学した直後から、「この犬はタレントがある」と訓練官から言われたほどだった。参考までに、Sombraはスペイン語で「影」を意味する。Sombraは警察側の影武者だ。
Sombraの最大の成果は2016年3月、オランダのアントウェルペン行のコンテナーに隠されていた2.9トンのコカインを見つけ出したことだ。米国市場価格では9000万ドルと推定された。彼女は過去5年間で300回以上出動し、トータル9トンのコカインを押収し、麻薬取引業者50人以上の逮捕に貢献している。
Sombraは大統領からもその活躍で表彰を受けてきた。同時に、コロンビア最大の麻薬犯罪組織「クラン・デル・ ゴルフォ(Gulf Clan)」の最高幹部ダリオ・アントニオ・ウスガ(Dario Antonio Usuga)は「Sombraはわれわれの最大の敵だ」と宣言し、「この警察犬を殺せば2億ペソの賞金を与える」と呼びかけているほどだ。
麻薬グループから懸賞金を付けられたことが分かると、警察側はSombraを守るために2人の警察官を常時Sombraの警備に当たらせている。この優秀な麻薬捜査犬を失ってはならないからだ。
警察犬を育てた関係者によると、Sombraは義務だから働くといったタイプではなく、仕事が生き甲斐で使命を果たすため、一生懸命に手を抜くことなく働く。「生来、麻薬グループを撲滅するため生まれてきたような犬だ」という証が掲載されていた。
当方はこのコラム欄で「なぜ、警察犬は短命か」(2012年5月22日参考)という記事を書いた。オーストリア内務省関係者によると、「警察犬は普通の家で飼われている犬と比べて短命だ。その理由はストレスだ。厳しい環境下で長期間、その任務に当たる警察犬は人間と同じように、疲労とストレスが重なるのだ」という。
日本でも過労死が時たま報道されるが、犬の世界も同じなのかもしれない。休まず働き続ければ、どうしても体にガタがくる。生命の危険が多い現場で働く麻薬捜査犬が長生きできないのは少々哀れだ。
編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年9月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。