沖縄県知事選の告示日(13日)が迫ってきた。翁長前知事の任期途中での死去というドラマ性も加わり、中央政界では自民党総裁選がもはや「消化試合」と化したこともあって、「2018年最大の政治決戦」といってもいいだろう。選挙の情勢調査をめぐる怪情報が飛び交い、オール沖縄側がリードしているとも伝えられたが、10日の「沖縄版・統一地方選」では辺野古問題のおひざ元、名護の市議選で与野党勢力は伯仲。30日の投票日に向け、激しい選挙戦になることを予感させた。
基地問題は「他力」だが、教育は「自力」でやれる重要課題
最大の争点は、もちろん辺野古を含めた米軍基地問題であろうが、冷静に考えれば、東アジアの外交・安全保障環境という県外や国外の政治的ファクターに依拠していることであり、誰が次の知事になろうとも「他力」であることに変わりはない。
政治でもビジネスでもスポーツでも、プロジェクトはまず「自力」でできることから足固めをしていくのが常道だ。基地問題は10年たっても限界がある可能性は高いが、内政は10日後には確実に前進させることが要求される。だからこそ、次期知事は基地問題以外の「内政」課題を解決するビジョンや実行していく上で必要な手腕、ブレーンとなる人脈などが問われる。
そういう意味で、私がもし沖縄県民なら特に重視するのは教育問題。とくに、全国学力テストで「万年最下位」の中学生の学力底上げは喫緊の課題だ。今年の7月31日に文科省が発表した全国学力テストの結果では、沖縄の中3は、2007年の調査開始以来、12年連続で今年も最下位に沈んだ。12年前より全国平均との差は縮む傾向もあるが、底上げを実現するのは生半可なことではないことがあらためて分かる。
(今年の傾向は琉球新報の記事を参照→『中3学テ正答最下位 沖縄と全国の差縮む』)
全国学力テスト(中学生)における沖縄と全国の平均正答率の差
学力がないと沖縄で振興すべき産業で働けない⁈
私が教育を重視するのは、教育者のように「子どもたちが可愛いから」などと慈愛の精神で言っているのではない。沖縄は、県民所得でも全国最下位が万年状態。この貧困から脱出するには、沖縄の将来を支える若者たちの基礎学力を底上げしなければならない。
たしかに「学歴の必要度が下がっている」という指摘もしばしばあるし、学歴だけが能力を証明するとは限らない。
しかし沖縄の経済振興策でよくあげられる分野、たとえばITや医療、インバウンド観光などは、普通に中学校を卒業しただけでは主軸として働くことは難しいだろう。一般的にそういう業界で働くには、大学や専門学校などで一定の専門スキルや、英語・中国語、韓国語などの語学を習得する必要があるからだ。
ましてや「医療×観光」のハイブリッドなら人材の高度化は必須だ。温暖な気候で、日本の進んだ医療が受けられる沖縄は「医療ツーリズム」の可能性を秘めるが、そこで働く医師や看護師、事務職員は語学力も求められるという具合だ。
学力を向上させ、人材を育てることはあらゆる経済振興策の基本のキだ。仮に将来、米軍基地がなくなるという「県民の夢」が実現したとしても、なおさらのこと、地域の経済、社会を自律的に動かしていく上で県民のスキルアップは不可欠だ。この問題に、保守もリベラルも関係はない。
さて、そういう視点で2人の有力候補予定者の教育政策を点検してみよう。
「学力日本一」と踏み込んだ佐喜真氏、学校と地域などとの連携を掲げる玉城氏
自民、公明、維新が推薦し、先に名乗りを上げた前宜野湾市長の佐喜真淳氏は、3日に発表した「10の実施政策」のいの一番に「子育て、教育王国おきなわ、女性、若者が活躍できるおきなわの実現」を掲げた。その中で「教育王国の実現で学力日本一へ」を掲げたことは、率直にいってかなり踏み込んだ印象で、学力向上策に強い意欲を感じさせる。ただ、具体的なプロセスについては公表資料で言及されておらず、選挙戦で問いたいところだ。
一方、翁長県政の継承をめざす自由党・衆議院議員の玉城デニー氏は10日に公約を発表。陣営のSNSや速報記事を読む限りだと、「新時代沖縄」を実現する3つのD政策(ダイバーシティ、デモクラシー、ディプロマシー)を掲げたが、教育政策については前面には出ていなかった(詳報があれば追記予定)。
参考までに、2012年の衆院選当時に掲げた基本政策では、「沖縄の子供たちの基礎学力向上のため、家庭・地域・行政・学校現場が連係して支援を図れる取り組み支援を強化します」とうたっているが、具体性に乏しいことに変わりはない。
政界入りする前、佐喜真氏は旅行会社勤務、玉城氏はラジオパーソナリティーと、お互いに教育の専門的な知識を培うポジションは経験していない。どちらが知事になろうとも、県内外の教育関係者、専門家の力を借りて学力向上策を練り、推進する必要がある。
なお、これまでの沖縄県政は学力向上に決して無策だったわけではない。1988年から県をあげて学力向上に向けたマネジメント計画を作成・推進しており、仲井真弘多知事時代の2013年には「学力向上推進室」も設置して県内各校を指導するなどして、少しずつだが全国平均との格差縮小に動いている。
また、かなり以前、デジタル教育関連の案件に関わった際に知ったのだが、仲井真県政下の2009年から、学力テストでトップクラスの秋田県と教師の相互派遣を行って「先進地」のノウハウ輸入を試みている。2014年からの翁長県政でも、少人数学級導入を進め、基礎学力向上に努めてきた。
沖縄の学力向上を阻む「夜型」の社会構造にメスを
しかし厄介なのは、子どもたち、とくに中学生の学力がなぜ低いのかという原因が行政や学校だけの努力では難しい点にある。やはり、家庭などの生活環境の側面が大きい。
仲井真県政時代後期となる2013年、沖縄県教育委員会の業務をチェックする「点検・評価報告書」で、沖縄国際大学の三村和則教授は、本土との間で「教育に直接・間接に関わる様々な情報の格差」が依然大きいと強調。
地理的条件や、米軍基地問題に時間やエネルギーを割いてしまっていることなどを原因に挙げているが、さらに「直接学力に関係する」要因のひとつとして、「夜子連れで居酒屋やスーパーに行くことの問題性」も主張している。
これは三村氏だけでなく、前述の教師相互派遣で沖縄に赴任した秋田県の教師もレポートで同様の指摘をしている。
沖縄県の第3次産業への依存などの産業構造により、夜型社会になっている。これは大人社会のみならず、子どもにも影響を与え、学力低下の問題や深夜徘徊等の生徒指導の問題を生んでいる。(出典:「秋田県と沖縄県の教育にふれて」)
学力向上は、一朝一夕にはできないし、学校外の生活環境でどう過ごさせ、勉強してもらうか、知恵の絞りどころだ。夜の居酒屋への連れ出しをやめるよう、親への啓発もさることながら、夜の早い時間に塾以外に子どもたちが軽食をとりながら勉強する場所を運営するNPO活動を推進してもいい。地域の大人たちによる「夜回り先生」的な活動も重要だ。
そういう行政の手が回りきらない領域を民間と取り組んでみたり、あるいは、貧困家庭の子ども世帯に専用タブレットを貸与するといった、Eラーニング等のテクノロジーを生かす施策も一考に値しよう。
なによりも保護者たちに「より豊かになるためには、勉強させないと」と、思ってもらい行動させられるかどうかが最大の鍵になるのではないか。アゴラを読んでいる沖縄県民の皆さんは、佐喜真陣営、玉城陣営の関係者にどんどん尋ねてみるがよい。もちろん、両陣営もこれまでと違うアプローチで、これまでと違う学力向上・人材育成をどう実現するか、競い合っていただきたい。新知事には、沖縄の地域社会が「働く知恵」「生き抜く力」を培うための政策手腕を期待している。