最近、マナーに関する書籍が増えたように感じている。企業研修では必須項目として位置づけられているマナー。昭和の時代であれば、家庭内で教えられていたものが少なくない。しかし、家族形態の変化とともに、近年ではマナーを学ぶ機会も減ってしまった。
今回は、『運命を味方につけるプリンセスマナー』(河出書房新社)を紹介したい。著者は、マナー講師の西出ひろ子さん。主な実績として、28万部のベストセラー『お仕事のマナーとコツ』(学研)、「NHK大河ドラマ・龍馬伝」のマナー指導など幅広い。著書累計100万部を超える、日本トップクラスのマナー講師としても知られている。
スープから学んだマナーの真髄
「スープを手前から奥にすくって『食べる』のはイギリス式で、奥から手前にすくうのはフランス式といわれています。日本では手前から奥にすくうといわれることが多いですが、どちらでもかまわないようです。ただし、前述のフランスの伯爵など貴族や社交界の方々が正式な晩餐会などで『食べる』場合は、手前から奥に向かってすくうのがほとんどです。おこなってはいけないのは、横からすくうことですね。」(西出さん)
「私がイギリスで生活をしていた頃、イートン校出身などの上流階級の人たちと交流させていただいており、彼らがスープを『食べる』ときに、使わない左手をいつもひざの上に置いている姿に違和感を覚えました。私は彼らに尋ねました。幼い頃からマナー教育をしっかりと受けている方々ですから、間違ったことはしないだろうと思っていましたが、国や地域によって、食べ方の所作もさまざまだと知りました。」(同)
そこで、西出さんは、マナーの真髄は、それぞれの所作を寛容に受け入れる心をもち、使い分けること。それが人の美しさにつながるということを学んだそうだ。
「イギリス式は、使用していない手はひざの上に置いとされ、フランス式は、テーブルの上に出しておくとされます。後者は、武器を隠し持っている危険な人だと思われないよう、手を出しておくことで、相手に安心感を与えるための所作です。和食の場合、両手を使用するため、日本人にはフランス式が馴染みますね。」(西出さん)
「残り少ないスープを『食べる』ときには、皿は手前を浮かせて、奥にスープを集めてすくいます。これはスープ皿の底を一緒に食事をしている方々に見せないという配慮からなる所作です。取手のついたスープ皿の場合は、皿を持ち上げて口に持っていっても良いとされていますが、晩餐会などでこの光景を見かけることはありません。」(同)
実はマナーとは奥が深いもの
最後に私見を述べたい。マナーには「変えてはいけないもの」「時代とともに変化していくもの」の2種類がある。西出さんは、時代に即したオリジナルマナーを確立させているが、当初は批判をする人が少なくなかった。しかし、西出さんはマナーと言われているものほぼ全てについて精通している。情報にストイックなのである。
さらに、各国のブレーンを通じて、最新のマナーに関する情報を入手してリバイズを加えている。商標権を取得しているものも少なくない。一部を紹介すると、「マナーコミュニケーション」「真心マナー」「おもてなし礼法」などがある。41類「知識の教授」が役務に含まれているので、勝手にセミナーやイベントで使用することはできない。
ところが、マナー講師が商標権侵害をしているケースは驚くほど多い。西出さんのオリジナルにも関わらず、まるで自分が考案者と言わんばかりに、まったく同じものが書籍やネットで公開されている。筆者からは、「注意すべきでは」と進言したこともあったが、本人は、「マナー市場が盛り上がるなら構わない」という寛容さである。
マナー市場は成熟市場ではないかと思われる。参入障壁も低いので、新しい人がドンドン参入してくる。このような市場では、「いいマナー講師が増えれば、業界はよくなり、注目され、活性化する」というビジョンをもつ必要があると考えている。さらに、真のマナーを学ぶことで「受講者はなにが変わるのか」という視点も必要になる。
稼ぐことのみに必死であれば、市場全体のことを考えるのは難しい。しかしマナーを提供する責任ある行動も求められるはずである。筆者は、これまで、多くのマナー講師とお会いしてきた。「市場全体」のこと、「マナー講師の地位向上」を真剣に考えていたのは、西出さんだけだった。そのことを、最後に申し上げて結びとしたい。
尾藤克之
コラムニスト