KID選手を悼む:国内で失われた希望を海外に求めるがん医療でいいのか?

中村 祐輔

K1の山本KID選手が胃がんによって、天に召された。私はある事情から、山本選手がグアム島で療養を受けていることを知っていた。死後、ネットに書かれた心ない言葉が議論になっていたが、彼は最後までK1選手としての復活を願っていた。そして、家族、特に幼い子供さんたちのために病と闘っていた。最後までK1選手の誇りをもって逃げずに戦っていたのだ。心からのご冥福を祈るのが人の道だと思う。

山本“KID”徳郁公式ブログより

そして、小さな子供さんたちがいる40歳代の胃がん患者さんが、同じような状況で、本人や家族が望んでいた免疫療法を受けることなく、8月の終わりころ、この世を去っていった。今の日本の制度では、胃がんの場合、2種類の抗がん治療を受けた後にしか、免疫チェックポイント抗体治療を保険診療として受けることができない。

厚生労働省の免疫チェックポイント抗体の胃がんに対する最適使用推進ガイドライン(平成30年8月改定)には下記のようなコメントがある。

【有効性に関する事項】

① 下記の患者において本剤の有効性が検証されている。

 2つ以上の化学療法歴のある治癒切除不能な進行・再発胃癌患者

② 下記に該当する患者に対する本剤の投与及び使用方法については、本剤の有効性が確立されておらず、本剤の投与対象とならない。

 (1) 一次治療及び二次治療を受けていない患者

 (2) 術後補助療法

 (3) 他の抗悪性腫瘍剤と併用して投与される患者

上記事実には間違いはないが、⓶のコメントは、まさに、統計学的な視点しかない非科学的なコメントである。「有効性が確立されていない」=「有効でない」ではないことは何度も繰り返して取り上げてきたが、胃がん患者は抗がん剤を2種類以上受けなければ免疫チェックポイント抗体を受けることができないのである。抗がん剤でどれだけ苦しい思いをしても、それによって体力が消耗して、その間にドンドンがんが進行しても、標準療法という名の抗がん剤治療を2種類受けなければ、免疫チェックポイント抗体にはたどり着けないのだ。⓵の条件の患者さんは、免疫的なコンディションが非常に悪くなっている。それでも有効ならば、免疫的条件のいい患者さんはもっと効果が期待されると、科学的な思考があれば理解できるはずだ。

亡くなられたお二人に共通していたことは、抗がん剤が効かず、副作用で苦しみ、その間にがんが進行したことだ。標準療法は、匙加減の横行する医療現場に科学的手法を導入する目的で始まったものだが、もはや、20世紀の遺物になりつつある。がん医療が進歩する過渡期において、一定の役割を果たしたのかもしれない。しかし。最新の科学的知識に欠ける、統計学という名のエビデンスだけを偏重する人たちによって、標準療法ががん医療の進歩を妨げ、患者さんの生きる権利を奪いつつあるような気がしてならない。

詳細は述べないが、山本選手は、日本の医療に希望を見いだせず、グアムに向かった。米国テキサスのMDアンダーソンがんセンターやニューヨークのSKMがんセンターなどを訪れる日本人がん患者さんの数も少なくない。わが国は、医療ツーリズムと称する、旅行+検診によってアジアの富裕層の訪日を奨励することに熱心だ。その一方で、海外にしか希望を見いだせないがん難民に対しては、ほとんど無策である。

日本で希望を失った日本人がん患者が、韓国や中国に希望を求める日は遠くないだろう。これでいいのか、日本のがん医療は!


編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2018年9月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。