トルコのエルドアン大統領は29日夜(現地時間)、ドイツ初公式訪問を終えて帰国した。同訪問はシュタインマイアー独大統領の招待を受けたもの。ドイツとトルコの関係はドイツ人ジャーナリストのトルコでの拘束などがあって良好からは程遠い。特に、ドイツに亡命中の反政府ジャーナリスト、ジャン・デュンダル氏(Can Dundar)の対応で両国間は対立している。
エルドアン大統領とメルケル首相の共同記者会見が28日、ベルリンで開かれたが、「言論の自由」問題で双方の対立が浮き彫りになった。エルドアン大統領はジャン・デュンダル氏について、「彼は国家機密を流したスパイ容疑で5年10カ月の有罪判決を受けた人物だ」と指摘、同氏はトルコの法では犯罪人だと強調。それに対し、メルケル首相は「言論の自由」の遵守をトルコ側に要求し、トルコ国内で今なお拘束中の5人のドイツ人の釈放を要求した。
肝心のデュンダル氏は記者会見を欠席した。ドイツのビルト紙によると、エルドアン大統領は、「彼が記者会見に現れたら、メルケル首相との記者会見をボイコットする」と事前に警告したという。
デュンダル氏は トルコの野党紙「Cumhuriyet」の編集局長で、トルコがシリアのイスラム過激派に武器を供給していたと報じことで有罪判決を受けた後、2016年にドイツに亡命した。
記者会見中、一人のトルコ系ジャーナリストが「トルコに言論の自由を」と書いたTシャツを見せ、カメラの前に立ったため、警備側が慌てて記者を強制的に退出させる、というハプニングがあった。
28日夜のシュタインマイアー大統領主催の歓迎晩さん会では、シュタインマイアー大統領がトルコ国内の人権問題に言及すると、エルドアン大統領は、「ドイツ国内には数十万人のテロリストが潜伏している。分離主義テロ組織PKK(クルディスタン労働者党)のメンバーがドイツにいる」とやり返し、ドイツ国内のギュレン運動(トルコ第3の都市イズミルで生まれた社会運動)支持者の身柄引き渡しを要求したという 。
参考までに、トルコ国家情報機構(MIT)はエルドアン大統領のドイツ訪問前にドイツ連邦情報局(BND)にドイツ国内に潜伏中にギュレン運動メンバーの名前、写真、住所などを提供し、トルコに送還するように要請している。
トルコで2年前(2016年7月)、クーデター未遂事件が発生した後、国内の反体制派活動家が一斉に検挙された。それに対し、ドイツを始めとする欧州諸国はトルコの人権蹂躙問題を厳しく批判してきた経緯がある。その一方、殺到する難民・移民問題の対応でトルコ側の協力が不可欠となってきたこともあって、欧州側はトルコを突き放すことができない状況だ。
一方、トルコは米国の経済制裁や通貨危機、リラの急落、外国投資の急減などもあって、国民経済は停滞してきた。トルコとしては欧州の経済大国ドイツとの関係改善がこれまで以上に急務となってきたわけだ。
エルドアン大統領のドイツ滞在中、エルドアン支持派のトルコ人が支援集会を開く一方、反体制派ドイツ居住のトルコ人たちが抗議集会を開催した。反体制デモ集会では「エルドアンと取引するな」「武器輸出を止めろ」「クルド人社会への大量虐殺を止めろ」と叫ぶ声が聞かれた。
同大統領は29日、ドイツ訪問のハイライト、ケルンでのトルコ・イスラム連合の中央寺院(Ditib-Moschee)の献堂式に参加した。エルドアン大統領はそこでサッカー・ワールドカップ(W杯)ロシア大会でドイツ代表の敗北後、トルコ系移民のMFメスト・エジル選手への批判の声が高まったことに言及し、「トルコ大統領としてそのような事態は耐えられない」と述べ、ドイツの人種差別主義に警告を発した。
エジル選手ともう1人のトルコ系代表、MFイルカイ・ギュンドアンが5月中旬、大統領選挙戦中のエルドアン大統領と会見し、ユニフォームをもって大統領と記念写真を撮ったことが報じられると、「ドイツ代表の一員として相応しくない」という批判が高まった。ドイツ代表が予選で敗北すると、エジル問題が敗北の主因のように受け取られたことを受け、エジル選手が7月22日、代表を辞退表明した。そのエジル選手が独サッカー連盟(DFB)会長を名指し、人種差別を批判し、大きな社会問題にまでなった。
エルドアン大統領はケルンでイスラム寺院前で演説する予定だったが、ケルン市側が「安全問題」を理由に寺院前の集会を許可しなかったため、大統領は招待したゲストの前に演説することになった。トルコ側の説明によると、エルドアン大統領はケルン市が集会を不許可したことを受け、イスラム寺院の献堂式参加をキャンセルする考えもあったという。なお、同オープン式にはドイツ側から主要な政治家の参加はなく、ケルン市のヘンリエッテ・レーカー市長も欠席した。
エルドアン大統領は、「初のドイツ公式訪問は成功裏に終わった。両国関係は一層、深まった。シュタインマイアー大統領とメルケル首相とは重要な問題を真摯に話すことが出来た。具体的には、経済投資とイスラム・フォビア対策だ」と述べている。
なお、エルドアン大統領はシュタインマイアー大統領主催の歓迎晩さん会でドイツの政治家ビスマルクの言葉「トルコ人とドイツ人の相互への愛情は、いかなる時も揺らがないほど由緒がある」を引用し、両国の関係改善に意欲を示したという。
エルドアン大統領の初のドイツ公式訪問で、ベルリンとアンカラの関係が改善するかはここしばらく見ないと判断できないが、ドイツとトルコ両国は互いに相手を必要としていることは間違いない。
編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年10月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。