ノーベル賞受賞に思う科学強靭化の予算

中村 仁

科学者出身の国会議員が必要

京大特別教授の本庶佑氏が「がん免疫療法」の功績を認められ、ノーベル生理学・医学賞を受賞しました。日本人がノーベル賞を受賞すると、基礎科学研究の予算充実が避けばれても、その時だけで、一過性で終わります。積極財政につながる国土強靭化計画は叫ばれても、科学研究予算を増やそうという声は小さいのです。

ノーベル生理学・医学賞の受賞が決まった本庶佑氏(京大ホームページより:編集部)

本庶氏は29歳から3年、米国に留学し、帰国後、東大医学部の助手となりました。米国に比べ研究費は限られ、設備も貧弱でした。機材を用意するために、工具店を訪ねて歩き、板の端切れを譲り受け、実験機器を手作りしたこともあったそうです(読売新聞、2日朝刊)。日本人受賞者がでるたびに、毎度、同じような苦労話が登場します。

記事はさらに「米国で経験を積んだ多くの日本人研究者が帰国後、十分な成果をあげられず、埋もれてしまっていた」と、本庶氏の言葉を紹介しています。来年度予算は概算要求の総額で5年連続で100兆円を超え、過去最大の102兆円に達しました。概算要求を査定して、年末に決める予算案は100兆円に迫り、これも過去最大になるでしょう。

圧迫される科研費用

社会保障費の自然増(5000億円)、トランプ米大統領が圧力をかけている防衛費の増額、災害対策費、教育費の無償化などに押され、科学研究予算を充実させようという声はほとんど聞かれません。科学研究費はこのところ2,300億円程度の水準が続いています。安倍首相は早速、本庶氏にお祝いの電話をかけたものの、科研費については何も触れませんでした。

科学研究費というのは、研究者の雇用、実験装置の購入、材料費などに充てられます。民主党政権時代に「スーパーコンピュータの開発予算は切る。世界1位でなく、2位でどうしていけないのか」と、迷セリフが吐かれ、科研費が冷遇されたのは、記憶に新しい話です。

最近、おやっと感じたのは、「11月に米国は中間選挙を迎える。連邦議員535人のうち、自然科学分野の経歴を持つ議員2人しかいないことは、注目されていい」(ファイナンシャルタイムズ紙、日経24日)という記事でした。2人というのは物理学者と化学者です。

科学者がいる米議会を学べ

「気候変動、人工知能(AI)、生命科学などの領域で、合理的で科学的根拠に基づいた意思決定がかつてないほど必要とされている。トランプ政権は気候変動(温暖化)対策に後ろ向きで、科学研究費の大幅削減を提案している」と、FT紙はいいます。そうした中で、政界に科学者を送り込もうという政治運動が組織されたのだそうです。

それにしても、科学者が連邦議員の中におり、それを増やそうとする米国の動きは、問題意識が的確だなと思います。日本の国会議員の中に、科学者がいるという話は聞いたことがありません。科学技術振興機構あたりが中心になって、科学者を国会に送り込んだらいいのにと、思います。科研費の増額運動をする上では必要なことです。

日本の国会議員の出身分野は、地方政界29%、議員秘書16%、官僚14%、経済界6%などです。地方政界からは地方の地盤に乗っかり、そこに利益を誘導する。官僚は出身官庁の代弁、経済界は業界の利益の確保などが目的でしょう。

直接、票の見返りが期待できない科学分野の学者が入り込む余地はなさそうです。医師会は国会と太いパイプを持っています。これは診療報酬の維持、確保のためであり、医学の進歩を狙ってはいません。

もっと大切なことは、世襲議員が自民党の場合、3,4割を占めます。2日に安倍首相は内閣を改造しました。安倍首相も麻生副総理も先代に首相がおります。自民党の幹事長、政調会長、総務会長、選挙対策委員長らは世襲です。世襲の比率が高いと、「新分野から人材が参入しにくい」、「経歴が偏り、同じような発想でしか政治を考えない」という弊害があります。

日本人のノーベル賞受賞が大きな関心を呼んでいるのですから、科研費にいつまでたっても、日が当たらず、受賞が美談に終わってしまう現状を憂うべきなのです。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2018年10月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。