バチカン・ニュースは9日、韓国の文在寅大統領が今月18日にバチカンを訪問し、フランシスコ法王に謁見する際、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の「フランシスコ法王への訪朝招請」を伝達すると速報した。韓国の聯合ニュースも同日、韓国大統領府から「法王の訪朝招請」のニュースを大きく報じた。
ローマ法王の訪朝が実現したならば、2つの理由からシンガポールで今年6月開催された米朝首脳会談を凌ぐ歴史的な出来事となるかもしれない。
①北朝鮮の首都平壌が昔、“東洋のエルサレム”と呼ばれるほど、キリスト教が盛んに宣教された時期があった、ローマ法王の訪朝は北宣教再開の象徴的なイベントとなる可能性がある。
②金日成主席が金王朝を樹立して以来、「宗教の自由」は剥奪され、キリスト者は迫害され続けた。国際キリスト教宣教団体「オープン・ドアーズ」が毎年公表する「宗教の自由度」リストでは北朝鮮は世界最悪の宗教弾圧国だ。その国をローマ法王が訪問することはこれまで考えらなかった。
参考までに、「オープン・ドアーズ」によれば、北朝鮮には5万人から7万人のキリスト者が同国内の30以上の強制労働収容所に拘留され、虐待されている。同国では、キリスト教の教義を学び、その慣習や風習を知り、誰がキリスト教の信仰を持っているかを摘発する特別警察官が存在する。クリスマスやイースターの祝日、小グループで礼拝していると、特別警察が入ってきて家族ごと逮捕し、労働収容所に送る。北朝鮮全土には約40万人のキリスト者が地下活動を強いられている(「北のクリスチャンの『祈り方』」2015年9月21日参考)。
今回は、ローマ法王が訪朝の希望を平壌に密かに伝え、北側がそれを受け入れたというのではなく、カトリック教徒でもある文大統領から誘われ、金正恩氏がその気になったというわけだ。
韓国大統領府の金宜謙報道官によると、文大統領が金正恩氏に、「法王は朝鮮半島の平和と繁栄に関し、強い関心を示している。一度会ってみてはどうか」と提案すると、金正恩氏は「法王が平壌を訪問すれば、熱烈に歓迎する」と快諾したという(聯合ニュース)。
ところで、ローマ法王を招請する国は法王の世界的ネットワークやその知名度を計算する。文在寅大統領は金正恩委員長の意向をバチカンに伝達するが、実現すれば、同大統領にとってローマ法王訪朝は自身が始めた南北融和政策の最後のページを飾るハイライトとなるはずだ。
南北融和政策には2点の障害がこれまであった。①非核化、②北の人権問題だ。①はトランプ大統領を動かすことで障害を少しずつなくしていく道が開かれてきた。問題は②だ。北の人権蹂躙は今、始まったことではない。3代の金王朝下で多くの国民が処刑されてきた。「言論の自由」はなく「信教の自由」もない国だ。この問題を解決しない限り、南北の融和政策は進まない。
そこで世界13億人の信者を抱えるローマ・カトリック教会の最高指導者ローマ法王を動かす、というアイデアが生まれてきたわけだ。カトリック教会の人脈をフル活動させ、ローマ法王の訪朝を実現させるというわけだ。もちろん、フランシスコ法王が訪朝したとしても北の人権問題が解決するわけではないが、少なくとも国際社会に南北両国の融和というメッセージを発信できる。
金正恩氏は文大統領の狙いをよく知っているから、法王の訪朝招請に即応じたわけだ。それにしても、金正恩氏は文大統領を“伝書鳩”のように西に東に奔走させ、自身の政治的メッセージを伝えている。若いが金正恩氏の人間操縦は大したものだ。
一方、バチカンにとってもローマ法王の訪朝は願ってもない計画だ。南北再統一にバチカンが関与することで、聖職者の未成年者への性的虐待で失墜したバチカンの名誉回復、とまではいかなくとも、多少であれ、批判の目を逸らすことになるからだ。
バチカン法王庁は文大統領の南北仲介要請を受け、南北間の仲介役に南米エルサルバドル出身のグレゴリオ・ローサ・チャベス枢機卿を既に任命している。
バチカン外交の評価は悪くない。2014年末の米国とキューバ間の外交関係回復の背後にはバチカンの調停があったといわれている。オバマ前米大統領は当時、バチカンに感謝している。そのバチカン外交が南北再統一の舞台で再び動き出してきているわけだ(「「南北の仲介」に動き出したバチカン」2017年7月12日参考)。
文大統領は今月13日から21日までフランス、イタリア、バチカン法王庁、ベルギー、デンマークなど欧州を歴訪する。18~19日にベルギー・ブリュッセルで開かれるアジア欧州会議(ASEM)に出席し、韓国・EU首脳会談を開催する。なお、文大統領は法王謁見前、パロリン国務長官のミサに参加する。ミサの題目は「朝鮮半島の平和のため」だ。
最後に、当方の推測だが、フランシスコ法王は来年、訪日の希望を既に吐露している。そこで訪日前後、平壌を訪問することが十分考えられる。81歳と高齢のローマ法王にとって、訪日と訪朝を一回の旅でできれば幸いだろう。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年10月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。