このごろ「AI(人工知能)で雇用が奪われる」という類の話と一緒に「BI(ベーシックインカム)を導入すべきだ」という話がよく出てくるが、AIとBIは無関係だ。こういう話はブレグマンが始まりだと思うが、彼の議論は財源を示していないので、政策として意味をなさない。
AIは「雇用を奪う」わけではない。テクノロジーで人間の労働が代替される現象は19世紀から始まっているが、肉体労働が機械に置き換えられたときも、コンピュータで事務労働が代替されたときも、雇用が奪われたわけではない。自動車が出てきて馬車の雇用は失われたが、自動車の雇用が増えたので、全体としての労働需要は増え、賃金も上がった。
雇用の代替は、グローバルにも起こっている。1990年代以降、日本の賃金が上がらない最大の原因は、グローバル化で国内の単純労働の需要が減ったことだ。この結果、賃金はグローバルに均等化し、日本の労働者の賃金は上がらないが、中国の労働者の賃金は大きく上がった。
だから「AI化」で特別な変化が起こるわけではない。その大部分は「IT化」で起こったことで、今後はそれが付加価値の高いホワイトカラーに拡大するだけだ。海老原嗣生氏は、雇用が減るのは今後10年で1割と予想している。
ただし先進国では、所得格差が拡大する可能性がある。技術を開発する労働者の雇用は増えるので、テクノロジーと補完的な労働者の賃金は上がり、代替的な労働者の賃金は下がるからだ。これもスキル偏向的技術進歩(SBTC)としてよく知られ、統計的にも確認されている。グローバル化は、これが世界的規模で起こっていることと考えてもよい。
グローバル化を止めることはできないが、所得格差の拡大は再分配で補正する必要がある。その一つの手段がBIで、その考え方は間違っていないが、全国民に年収80万円のBIを分配するには100兆円ぐらいの財源が必要だ。それは現在の社会保障を全面的に廃止しないと不可能で、政治的な選択肢にはなりえない。
この問題をall or nothingで考えると行き詰まるが、再分配にはいろいろな方法がある。アメリカなどで実施されているのは、所得税の一部を給付つき税額控除(EITC)で還付する方法で、考え方はフリードマンの提案した負の所得税と同じだ。賃金を維持するためなら(経済学者には評判が悪いが)最低賃金の増額という方法もある。
いずれにせよ「AIに奪われた賃金はBIで補填しなければならない」という必然性はない。問題は今の複雑で不公平な社会保障が、格差を補正する機能を果たしていないことだ。必要なのはこれを簡素化し、負担と給付の関係を透明化することである。