米国株下落対策の切り札?パウエル・プットというバズワード

有地 浩

ニューヨークのダウ平均は、今月10日、11日にそれぞれ831ドル、545ドルの大幅な下落を記録した後、12日には287ドルの上昇、週が変わった16日には547ドルの急騰を演じた後、翌日はまた91ドルの下落、さらにその翌日は327ドルの下落と、不安定な動きを続けている。今後時間の経過とともに投資家の心理が落ち着き、株価の振幅は次第に小さくなっていくものと思われるが、米国長期金利の上昇や米中貿易戦争の激化懸念など、依然として株価を不安定にする要因は多い。

一方こうした中で、FRBは好調な米国経済の状況を踏まえて、政策金利を着々と引き上げる構えを変えておらず、トランプ大統領のFRBに対する口撃にも動じる気配はない。

しかし、今後株価がはかばかしい回復を見せなかった場合は、市場関係者からパウエル・プットを強く求める声が上がってくる可能性が高い。その時FRBは現在の政策スタンスを維持し続けることが出来るだろうか。

パウエルFRB議長(Federalreserve/Flickr)

このパウエル・プットは、FRBのパウエル議長の名前とデリバティブの一つであるプットオプションを組み合わせた造語だが、もともとはグリーンスパン元FRB議長の金融政策運営に関して、グリーンスパン・プットという言葉が使用されたのが始まりだ。

プットオプションは、あらかじめ約束した価格で株などを売る契約で、これを買っておくと自分の持ち株が下がった時にプットオプションの利益で株の損失をカバーできるというものだが、株価が急落するたびにグリーンスパン元議長が、金融緩和を行って株価を下支えしたことから、まるで株にプットオプションが付けられているようだということで付いた名前だ。

このグリーンスパン・プットのおかげで、株に投資している人たちは、安心してレバレッジをかけて(借入をして)株を買い続けたのだが、その結果バブルが発生して、2001年にはITバブル崩壊、2008年にはサブプライム・バブル崩壊(リーマン・ショック)が生じた。

グリーンスパンを引き継いだバーナンキ元FRB議長も、2008年12月にQE1という超金融緩和措置を開始し、その後もQE2、QE3と超金融緩和を行った。こちらはバーナンキ・プットと呼ばれたが、米国だけでなく、世界をマネーでジャブジャブの状態にしてしまい、現在の流動性相場ができあがった。

中央銀行の役目についてよく使われる例えとして、パーティーが盛り上がってきたときにお酒の入ったパンチボウルを取り上げることだと言われているが、米国のFRB議長はパーティーが盛り上がってからシャンペンの栓を何本も抜くのが得意な人が多いように見受けられる。現在はこのジャブジャブのマネーを回収しようとしているところなのだが、一旦膨らんだバブルをはじけさせずに、うまく解消することは至難の業だ。

今後株価がはかばかしい動きを見せなかったら、パウエル議長はやはりパウエル・プットを繰り出すのではないだろうか。実は、パウエル議長は就任直後の今年の2月、米国の長期金利が上昇したことに伴って株価が暴落した際に、FRBはMBS(住宅ローン証券)を110億ドル(当時の為替レートで約1.7兆円)購入して市場に資金供給をしていた。これは実質的なパウエル・プット第一号だった。

パウエル・プットがあれば株価が回復するので、株式市場参加者にとっては歓迎すべきことかもしれないが、株が下がってもFRBのセーフティー・ネットがあるというのでは、やった者勝ちというモラルハザードが生じ、正常な資本市場がゆがめられてしまう。

また、仮にパウエル・プットによって一時的に株価が持ち直しても、ITバブルやサブプライム・バブルの時と同様に、これは一時の株価延命策に過ぎず、結局はバブルがつぶれて、より大きな災厄を招くことになってしまうのが歴史の教訓だ。

さらに言えば、現在の株価の不振は様々な理由があるものの、その一番重要な要因は米国の長期金利の上昇にある。前回の記事でも述べたように、米国の連邦債務がどんどん膨張している状況の中で、今後長期債の需給バランスが崩れて長期債の価格下落(即ち長期金利の上昇)が生じる可能性が高く、仮にパウエル・プットが実施されても、その効果はほんの一時的なことになるのではないだろうか。